01心的外傷後ストレス症(PTSD)とは

時間が経てば、忘れられるはずだった。周囲もそう言うし、ご自身でもそう思って過ごしてきたかもしれません。

ところが、記憶は薄れるどころか、ふとした瞬間に生々しく戻ってくる。夢に出る。思い出させる場所を、気づけば避けている。そうなると、「気持ちの整理が下手なだけだろうか」と、自分を疑いたくなります。

そうではありません。とてもつらい体験の記憶は、ほかの記憶と同じようには整理されないことがあります。この状態には、名前があります。心的外傷後ストレス症(PTSD)です。生命を脅かすような出来事や深刻な怪我、性的暴力などの体験のあとに生じます。フラッシュバック、悪夢、過覚醒、回避などの症状が1か月以上続き、生活に支障が出ている場合に診断されます。

きっかけとなる「トラウマ体験」には、次の4つの形があるとされています。

  1. 出来事を直接体験する
  2. 他の人に起こった出来事を直接目撃する
  3. 近親者や親しい友人に起こった出来事を知る
  4. 出来事の嫌悪的な詳細に繰り返し曝露される(例:救急隊員、警察官など)

※テレビやSNSなどを通じて見聞きしただけの場合は、お仕事の中で繰り返し接した場合を除き、ここでいうトラウマ体験には含まれません。

ご自身の身に起きた場合だけではありません。目撃した方、身近な人の出来事を知った方、職務で向き合い続けた方にも起こりえます。

症状は、大きく4つに分けられます。侵入症状(フラッシュバック、悪夢など)、回避症状(トラウマを思い出す状況を避ける)、認知と気分の変化(否定的な感情や周囲からの疎隔感)、覚醒度の変化(過剰な警戒心、不眠、集中困難)です。

PTSDの下位分類として「解離型」(離人感や現実感消失を伴うもの)があります。自分が自分でないような感覚や、現実感が薄れるような体験がある場合に該当します。

また、虐待やDV、いじめのように、長い期間くり返されたトラウマから生じるものは、複雑性PTSDと呼ばれます。ここまでの症状に加えて、感情調整の困難、否定的な自己概念、対人関係の障害がみられます。ICD-11では独立した診断として位置づけられています。

そして、治療の方法がある病気です。トラウマに焦点をあてた心理療法と、必要に応じた薬物療法で、多くの方が回復に向かいます。


02こんな症状はありませんか?

相談の目安は、あります。ひとつの区切りは、1か月です。つらい体験のあと、次のような症状が1か月以上続き、生活に支障が出ているなら、PTSDの可能性があります。

侵入症状

  • つらい出来事の記憶が突然、生々しく蘇ってくる(フラッシュバック)
  • その出来事に関する悪夢を繰り返し見る
  • 思い出した時に動悸、発汗などの身体反応が起きる
  • 考えるつもりがないのに、その出来事を考えてしまう

回避症状

  • トラウマに関する記憶や思考を避けようとしている
  • その出来事を思い出す場所、人、状況を避けている
  • そのことについて話さないようにしている

認知・気分の変化

  • 「自分が悪い」「世界は危険だ」といった否定的な信念がある
  • 恐怖、怒り、罪悪感、恥などの持続的な陰性感情がある
  • 以前楽しめていたことへの関心が減った
  • 周囲との疎隔感や孤立感を感じる
  • 幸福や愛情などの肯定的な感情を抱けなくなった

覚醒・反応性の変化

  • 常に警戒心が強く、些細な刺激でびくっとする
  • イライラして怒りっぽくなっている
  • 寝つきが悪い、眠りが浅い
  • 集中力が続かない

複雑性PTSDに特徴的な症状

  • 感情の波が激しく、コントロールが難しい
  • 「自分は価値がない」「壊れている」と感じる
  • 他者を信頼することが難しい
  • 安定した人間関係を築きにくい

すべてあてはまる必要はありません。よみがえる記憶を避けるうちに、行ける場所や会える人が減っていく。その狭まりが生活に及んでいるなら、それだけで相談する理由になります。

このチェックリストは診断を確定するものではありません。参考情報としてご活用ください。

また、読み返すだけで気持ちが揺れた項目があったかもしれません。無理にたどり直す必要はありません。つらさが続いているという感覚があれば、早めに精神科・心療内科にご相談ください。


03PTSDはなぜ起こるのか

それにしても、思い出したくない記憶ほど、なぜ勝手によみがえるのでしょうか。「いつまでも引きずっているのは、自分が弱いからだ」と感じている方も少なくありません。

どちらの答えも、意志の強さではなく、脳の働きの変化にあります。

脳のメカニズム

PTSDでは、恐怖を検知する扁桃体が過剰に働いていると考えられています。あわせて、理性的な判断を担う前頭前野の調整低下も生じているとされています。危険を知らせる働きが強まる一方で、それをしずめる働きが追いつかない状態です。

さらに、記憶に「いつ、どこで」という文脈をつける海馬の機能低下もあるとされています。文脈を失った記憶は、過去の出来事として整理されないまま残ります。だから、思い出すつもりがなくても、「今ここで起きていること」としてよみがえるのです。これが、フラッシュバックが起こる仕組みと考えられています。

勝手によみがえるのは、意志が弱いからではありません。記憶の保存のされ方が、変わっているからです。

複雑性PTSDでは、この脳の変化がより広い範囲に及ぶと考えられています。感情の調整や自己認識、対人関係にまで影響が及ぶのは、そのためとされています。

ストレス応答系の変化

また、慢性的なトラウマにさらされると、ストレスに反応する体の仕組み(ストレス応答系)のはたらきが乱れます。体が常に「危険モード」のまま、解除されなくなるのです。ビクビクして気が休まらない、眠りが浅い、体がこわばる。こうした過覚醒の症状は、この乱れと関係すると考えられています。

PTSDを引き起こしうるトラウマ体験

事故や災害、犯罪被害、性的暴力、身体的暴力、戦争体験など、一度の強烈な体験がきっかけになります。一方で、虐待、ネグレクト、DV、いじめのように、長期にわたってくり返された対人トラウマも要因となります。後者は特に、複雑性PTSDにつながりやすいとされています。

あなたのせいではありません。ここまで見てきた変化は、どれも過酷な体験に対する脳と心の自然な反応です。だからこそ、気力で抑え込もうとするより、治療という外からの助けに意味があります。


04PTSDはどう治療するのか

治療を考えはじめた方が、しばしば足を止める心配があります。「病院に行けば、あの出来事を詳しく話させられるのではないか」。もっともな心配です。けれども、PTSDの治療は、つらい記憶に無理に踏み込むことからは始まりません。まず心と生活の安定をつくり、準備が整ってから、記憶の処理へと段階的に進みます。

治療の中心は、トラウマに焦点を当てた心理療法です。不安や不眠、うつ症状が強い場合には、必要に応じて薬物療法を組み合わせます。

薬物療法

薬物療法では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択薬として用いられます。不安やうつ症状、過覚醒症状の改善が期待できます。張りつめた状態がやわらぐと、記憶に向き合う治療にも取り組みやすくなります。そのほか、睡眠障害に対する薬や、症状に応じて他の薬を組み合わせることもあります。

心理療法

心理療法では、記憶そのものを消すことではなく、記憶が持つ痛みを少しずつ小さくすることを目指します。代表的な方法が3つあります。

持続エクスポージャー療法は、避けてきた記憶や場面に、計画的に、段階的に向き合っていく治療法です。心理教育や呼吸法の練習に続き、頭の中で思い出す練習と、実際の場面に少しずつ慣れる練習を進めます。いきなり核心に触れるわけではありません。回避が少しずつ減ると、避けていた場所や人とのつながりを取り戻しやすくなります。

認知処理療法は、トラウマが残した否定的な認知(「自分が悪い」「世界は危険だ」など)を見つめ直し、より現実的な考え方に修正していく治療法です。

眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)では、治療者の指の動きなどを目で追いながら、トラウマ記憶を思い起こします。この両側性の刺激のもとで記憶を処理し直し、否定的な認知を適応的な認知へと変えていくことを目指します。WHOや英国の診療ガイドラインでも推奨されている治療法です。

複雑性PTSDでは、この段階の踏み方がいっそう大切になります。まず安全化・安定化(感情調整スキルの獲得)を先行させ、その後にトラウマ記憶の処理へと進むことが推奨されています。安定化の段階では、感情調整スキルトレーニングやグラウンディング技法を用います。処理の段階では、持続エクスポージャー療法やEMDRなどを適用します。

セルフケア

治療とあわせて、ご自身でできることもあります。中心は、高ぶった神経系を落ち着かせることです。

  • 呼吸調整:4秒吸って6秒吐く呼吸法で、自律神経を安定させる
  • グラウンディング:「今ここ」に意識を戻す方法(5つの見えるもの、4つの触れるものなど)
  • 身体感覚のリセット:ストレッチ、散歩、温かいお風呂など
  • 副交感神経を活性化する方法:鼻歌、冷水で顔を洗うなど

いずれも、過去に引き戻される感覚から、意識と体を「今ここ」へ戻すための工夫です。

治療の見通し

では、どのくらいで回復するのでしょうか。PTSDを発症した方の約半数は、3か月以内に回復するとされています。治療を受けた場合は、さらに高い割合で改善が見込まれます。持続エクスポージャー療法では、10回程度のセッションで効果が得られることもあります。

一方で、治療を受けないまま長期化する場合もあります。時間が経てば薄れるはず、と待ち続けるより、早めの相談が回復の助けになります。複雑性PTSDの場合は、より長期的な治療が必要となることがあります。


05銀座泰明クリニックの治療方針

それでも、初めての診察を思うと、足は重くなるかもしれません。当院では、トラウマ体験を無理に聞き出すことはいたしません。語ること自体に苦痛が伴うことを前提に、信頼関係を築きながら、少しずつお聴きしていきます。

精神保健指定医・精神科専門医による診察

精神保健指定医・精神科専門医が、じっくりとお話を伺います。話せる範囲のことを、話せる順番で。診療はそこから始められます。そのうえで、お一人おひとりに合った治療をご提案します。

段階的な治療

まず安全の確保と生活の安定化を図り、そのうえでトラウマ処理へと進む段階的なアプローチを大切にしています。進む速さを決めるのは、患者さんご自身の準備です。

社会資源との連携

必要に応じて、犯罪被害者支援、配偶者暴力相談センター、児童相談所などの社会資源へおつなぎします。生活の場の安全そのものが、回復を支えるからです。

通いやすい診療体制

夜間・土日も診療しており、お仕事や生活と両立しながら通院いただけます。

保険診療で受診できます

初診は約2,500〜3,000円、再診は約1,500円が目安です(3割負担の場合)。

※心理検査や血液検査を行った場合は、別途費用がかかる場合があります。

また、自立支援医療制度(精神通院医療)を利用すると、自己負担が1割に軽減されます。詳しくはお問い合わせください。

時間が経てば薄れるはずだった記憶と、今日も付き合っている。もしそうなら、ひとりで抱え続けなくてよい道があります。「話してみようか」と思えたときに、お気軽にお問い合わせください。

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06ご家族・周囲の方へ

ご家族や身近な方の側には、別の迷いがあるはずです。出来事について聞いたほうがいいのか、それとも触れないでおくべきか。どちらかが常に正解、というものではありません。目安は、「聞き出す」ではなく「話されたら受け止める」に置くことです。

PTSDを抱えるご本人は、自分を責めていたり、周囲への警戒が強くなっていたりすることがあります。次の点を心がけていただくことが、支えになります。

接し方のポイント

  • つらい語りを傾聴・受容する:つらく苦痛を伴う語りを、否定や評価なしに受け止めてください。無理に聞き出す必要はありません。
  • 本人の言動を責めない:過覚醒やフラッシュバック、回避行動は病気の症状です。「弱いからだ」「いつまでも引きずっている」などの言葉は避けてください。
  • 安全な環境を整える:予測可能な日常のルーティンを保ち、トリガー(引き金)となりうる刺激を把握して、可能な範囲で軽減する工夫が助けになります。
  • 「あなたのせいではない」と伝える:PTSDの方は自責的になっていることが多く、「あなたが悪かったのではない」というメッセージが大切です。
  • ご家族自身のケアも大切です:トラウマを抱えるご家族を支えることは、二次的なトラウマ反応を引き起こすことがあります。ご自身の心身の健康も守ってください。

そばで受け止め続けることは、それ自体が力の要る仕事です。ご自身の健康を守ることも、ご本人の回復の環境を守ることにつながります。


07よくあるご質問

PTSDはどのくらいで改善しますか?

個人差がありますが、適切な治療を受ければ改善が期待できます。持続エクスポージャー療法では10回程度のセッションで効果がみられることもあります。複雑性PTSDの場合は、安定化の段階を含めてより長期的な治療が必要となることがあります。

PTSDと複雑性PTSDの違いは何ですか?

PTSDは主に単回の強烈なトラウマ体験をきっかけに発症し、フラッシュバック・回避・過覚醒が中心症状です。複雑性PTSDは、長期間にわたる反復的なトラウマ(虐待、DVなど)により生じ、PTSD症状に加えて感情調整の困難、否定的な自己概念、対人関係の障害を伴います。

この程度のトラウマでも受診してよいですか?

トラウマの「大きさ」は客観的に測れるものではありません。ご自身が苦しんでいるのであれば、それは十分に受診の理由になります。お気軽にご相談ください。

トラウマについて詳しく話さなければいけませんか?

初診時に無理にすべてを話す必要はありません。治療関係が築かれてから、少しずつお聴きしていきます。トラウマ体験は受診当初は語られないことが多く、信頼関係が構築されてから少しずつ語られるのが自然です。

仕事を休む必要がありますか?

症状の程度によります。多くの場合は通院しながらお仕事を続けていただけますが、過覚醒やフラッシュバックが頻繁な場合は、一時的な休養をお勧めすることもあります。当院は夜間・土日も診療しています。

薬を飲むことに抵抗があります。

薬物療法は治療の選択肢の一つです。心理療法を中心に進めることも可能です。ただし、不眠や強い不安が日常生活に支障をきたしている場合は、一時的に薬の力を借りることで心理療法に取り組みやすくなることもあります。主治医とご相談ください。

フラッシュバックが起きた時はどうすればよいですか?

フラッシュバックが起きたときは「今ここ」に意識を戻すグラウンディングが有効です。5つの見えるもの、4つの触れるもの、3つの聞こえる音を数えてみてください。呼吸を「4秒吸って6秒吐く」とゆっくりにすることで、神経系の過覚醒を和らげることもできます。

PTSDから他の精神疾患を併発することはありますか?

はい、PTSDは抑うつ症(うつ病)、不安症(不安障害)、依存症、解離性障害などを併存しやすいことが知られています。複雑性PTSDではパーソナリティ症(パーソナリティ障害)や摂食症(摂食障害)との併存も珍しくありません。当院では併存疾患も含めた総合的な診療を行っています。

何年も前のトラウマでも治療できますか?

はい、トラウマから長い年月が経過していても治療は可能です。PTSDの症状が持続している場合、それは回避によって自然回復が妨げられている状態と考えられます。適切な治療によって、トラウマ記憶の処理と症状の改善を目指すことができます。

家族はどう接すればよいですか?

つらい語りを否定せずに受け止め、「あなたのせいではない」というメッセージを伝えてください。過覚醒や回避行動は病気の症状であり、叱責や無理な直面化は逆効果になります。ご家族自身のケアも忘れずに行ってください。


08関連する疾患

関連コラム


09参考文献

  • DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(American Psychiatric Association, 2022/日本語版: 医学書院, 2023)
  • World Health Organization. International Classification of Diseases. 11th Revision (ICD-11). WHO; 2022.
  • American Psychological Association. Clinical Practice Guideline for the Treatment of PTSD. 2017.
  • NICE. Post-traumatic stress disorder (NG116). 2018.
  • 日本トラウマティック・ストレス学会. PTSDの薬物療法ガイドライン:プライマリケア医のために. 第1版; 2013.
  • Kessler RC et al. Posttraumatic Stress Disorder in the National Comorbidity Survey. Arch Gen Psychiatry. 1995;52(12):1048-1060.