01心的外傷後ストレス症(PTSD)とは
心的外傷後ストレス症(PTSD)は、生命を脅かすような出来事や深刻な怪我、性的暴力などのトラウマ体験のあとに、フラッシュバック・悪夢・過覚醒・回避などの症状が1か月以上続く精神疾患です。日常生活に支障が出ている場合は、早めの受診をおすすめします。トラウマに焦点をあてた心理療法と必要に応じた薬物療法で、多くの方が回復に向かいます。
トラウマへの曝露には以下の4つの形態があるとされています。
- 出来事を直接体験する
- 他の人に起こった出来事を直接目撃する
- 近親者や親しい友人に起こった出来事を知る
- 出来事の嫌悪的な詳細に繰り返し曝露される(例:救急隊員、警察官など)
※メディアを通じた曝露は、業務上でない限り基準Aには含まれません。
具体的には、侵入症状(フラッシュバック、悪夢など)、回避症状(トラウマを思い出す状況を避ける)、認知と気分の変化(否定的な感情や周囲からの疎隔感)、覚醒度の変化(過剰な警戒心、不眠、集中困難)が1か月以上持続し、日常生活に支障をきたす場合にPTSDと診断されます。
PTSDの下位分類として「解離型」(離人感や現実感消失を伴うもの)があります。自分が自分でないような感覚や、現実感が薄れるような体験がある場合に該当します。
また、長期間にわたる反復的なトラウマ(虐待、DV、いじめなど)によって生じる複雑性PTSDでは、上記の症状に加え、感情調整の困難、否定的な自己概念、対人関係の障害がみられます。ICD-11では独立した診断として位置づけられています。
02こんな症状はありませんか?
以下はPTSD・複雑性PTSDに関連する代表的な症状です。
侵入症状
- つらい出来事の記憶が突然、生々しく蘇ってくる(フラッシュバック)
- その出来事に関する悪夢を繰り返し見る
- 思い出した時に動悸、発汗などの身体反応が起きる
- 考えるつもりがないのに、その出来事を考えてしまう
回避症状
- トラウマに関する記憶や思考を避けようとしている
- その出来事を思い出す場所、人、状況を避けている
- そのことについて話さないようにしている
認知・気分の変化
- 「自分が悪い」「世界は危険だ」といった否定的な信念がある
- 恐怖、怒り、罪悪感、恥などの持続的な陰性感情がある
- 以前楽しめていたことへの関心が減った
- 周囲との疎隔感や孤立感を感じる
- 幸福や愛情などの肯定的な感情を抱けなくなった
覚醒・反応性の変化
- 常に警戒心が強く、些細な刺激でびくっとする
- イライラして怒りっぽくなっている
- 寝つきが悪い、眠りが浅い
- 集中力が続かない
複雑性PTSDに特徴的な症状
- 感情の波が激しく、コントロールが難しい
- 「自分は価値がない」「壊れている」と感じる
- 他者を信頼することが難しい
- 安定した人間関係を築きにくい
このチェックリストは診断を確定するものではありません。参考情報としてご活用ください。
03PTSDはなぜ起こるのか
PTSDは、強い心的外傷(トラウマ)体験をきっかけに発症します。あなたが弱いから発症したのではありません。過酷な体験に対する脳と心の自然な反応です。
PTSDを引き起こしうるトラウマ体験
事故や災害、犯罪被害、性的暴力、身体的暴力、戦争体験などの単回の強烈な体験のほか、長期にわたる虐待、ネグレクト、DV、いじめなどの反復的な対人トラウマもPTSD(特に複雑性PTSD)を引き起こす要因となります。
脳のメカニズム
PTSDでは、扁桃体(恐怖を検知する部分)の過活動と前頭前野(理性的な判断を担う部分)の調整低下が生じています。また、記憶の文脈化を担う海馬の機能低下により、過去の出来事を「今ここで起きていること」として体験してしまう(フラッシュバック)ことがあります。
複雑性PTSDでは、この脳の変化がより広範囲に及び、感情調整・自己認識・対人関係にまで影響が及ぶと考えられています。
ストレス応答系の変化
慢性的なトラウマにさらされると、HPA軸(ストレス応答系)のコルチゾール調整が乱れ、常に「危険モード」の状態が続きやすくなります。これが過覚醒や睡眠障害、身体の慢性的な緊張につながります。
04PTSDはどう治療するのか
PTSDの治療は、薬物療法と心理療法の組み合わせが基本です。回復を目指した段階的な治療を行います。
薬物療法
PTSDに対しては、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が第一選択薬として用いられます。不安やうつ症状、過覚醒症状の改善が期待できます。そのほか、睡眠障害に対する薬や、症状に応じて他の薬を組み合わせることもあります。
心理療法
トラウマに焦点を当てた心理療法が推奨されています。代表的なものとして以下があります。
持続エクスポージャー療法(PE)は、心的外傷への計画的・段階的な直面化を行い、回避を減少させる治療法です。心理教育、呼吸調整、想像暴露・現実暴露を段階的に進めます。
CPT(認知処理療法)は、トラウマに関する否定的な認知(「自分が悪い」「世界は危険だ」等)を検討し、より現実的な考え方に修正していく治療法です。
EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)は、治療者の指の動きなどの両側性刺激を行いながら、トラウマ記憶を想起・再処理する治療法です。これにより、トラウマ記憶に伴う否定的な認知を適応的な認知へと変容させることを目指します。WHOおよびNICEガイドラインで推奨されている治療法です。
複雑性PTSDに対しては、安全化・安定化(感情調整スキルの獲得)を先行させ、その後にトラウマ記憶の処理へと進む段階的アプローチが推奨されています。安定化の段階では、感情調整スキルトレーニング(STAIR)やグラウンディング技法を用います。トラウマ処理の段階では、PEやEMDR等のエビデンスに基づく治療法を適用します。
セルフケア
PTSDのセルフケアでは、神経系を落ち着かせることが最も重要です。
- 呼吸調整:4秒吸って6秒吐く呼吸法で、自律神経を安定させる
- グラウンディング:「今ここ」に意識を戻す方法(5つの見えるもの、4つの触れるものなど)
- 身体感覚のリセット:ストレッチ、散歩、温かいお風呂など
- 副交感神経を活性化する方法:鼻歌、冷水で顔を洗うなど
治療の見通し
トラウマ曝露後、約半数の方は3か月以内に自然回復するとされています(Kessler et al., 1995)。治療を受けた場合はさらに高い割合で改善が見込まれます。持続エクスポージャー療法では10回程度のセッションで効果が得られることもあります。一方で、治療なしに長期化する場合もあるため、早期の相談が重要です。複雑性PTSDの場合はより長期的な治療が必要となることがあります。
05銀座泰明クリニックの治療方針
当院では、精神保健指定医・精神科専門医がPTSDの診療を担当しています。
精神保健指定医・精神科専門医による診察
じっくりとお話を伺い、お一人おひとりに合った治療をご提案します。トラウマ体験は語ることに苦痛を伴うため、無理に聞き出すことはいたしません。信頼関係を築きながら、少しずつお聴きしていきます。
段階的な治療
まず安全の確保と生活の安定化を図り、そのうえでトラウマ処理へと進む段階的なアプローチを大切にしています。
社会資源との連携
必要に応じて、犯罪被害者支援、配偶者暴力相談センター、児童相談所などの社会資源へおつなぎします。
通いやすい診療体制
夜間・土日も診療しており、お仕事や生活と両立しながら通院いただけます。
保険診療で受診できます
初診は約2,500〜3,000円、再診は約1,500円が目安です(3割負担の場合)。
※心理検査を行う場合は別途費用がかかることがあります。
また、自立支援医療制度(精神通院医療)を利用すると、自己負担が1割に軽減されます。詳しくはお問い合わせください。
06ご家族・周囲の方へ
PTSDを抱えるご家族は、トラウマ体験について自分を責めていたり、周囲に対して過度に警戒的になっていることがあります。以下の点を心がけていただくことが助けになります。
接し方のポイント
- つらい語りを傾聴・受容する:つらく苦痛を伴う語りを、否定や評価なしに受け止めてください。無理に聞き出す必要はありません。
- 本人の言動を責めない:過覚醒やフラッシュバック、回避行動は病気の症状です。「弱いからだ」「いつまでも引きずっている」などの言葉は避けてください。
- 安全な環境を整える:予測可能な日常のルーティンを保ち、トリガー(引き金)となりうる刺激を把握して、可能な範囲で軽減する工夫が助けになります。
- 「あなたのせいではない」と伝える:PTSDの方は自責的になっていることが多いです。「あなたが悪かったのではない」というメッセージが大切です。
- ご家族自身のケアも大切です:トラウマを抱えるご家族を支えることは、二次的なトラウマ反応を引き起こすことがあります。ご自身の心身の健康も守ってください。
07よくあるご質問
個人差がありますが、適切な治療を受ければ改善が期待できます。持続エクスポージャー療法では10回程度のセッションで効果がみられることもあります。複雑性PTSDの場合は、安定化の段階を含めてより長期的な治療が必要となることがあります。
PTSDは主に単回の強烈なトラウマ体験をきっかけに発症し、フラッシュバック・回避・過覚醒が中心症状です。複雑性PTSDは、長期間にわたる反復的なトラウマ(虐待、DVなど)により生じ、PTSD症状に加えて感情調整の困難、否定的な自己概念、対人関係の障害を伴います。
トラウマの「大きさ」は客観的に測れるものではありません。ご自身が苦しんでいるのであれば、それは十分に受診の理由になります。お気軽にご相談ください。
初診時に無理にすべてを話す必要はありません。治療関係が築かれてから、少しずつお聴きしていきます。トラウマ体験は受診当初は語られないことが多く、信頼関係が構築されてから少しずつ語られるのが自然です。
症状の程度によります。多くの場合は通院しながらお仕事を続けていただけますが、過覚醒やフラッシュバックが頻繁な場合は、一時的な休養をお勧めすることもあります。当院は夜間・土日も診療しています。
薬物療法は治療の選択肢の一つです。心理療法を中心に進めることも可能です。ただし、不眠や強い不安が日常生活に支障をきたしている場合は、一時的に薬の力を借りることで心理療法に取り組む土台が整うこともあります。主治医とご相談ください。
フラッシュバックが起きたときは「今ここ」に意識を戻すグラウンディングが有効です。5つの見えるもの、4つの触れるもの、3つの聞こえる音を数えてみてください。呼吸を「4秒吸って6秒吐く」とゆっくりにすることで、神経系の過覚醒を和らげることもできます。
はい、PTSDは抑うつ症(うつ病)、不安症(不安障害)、依存症、解離性障害などを併存しやすいことが知られています。複雑性PTSDではパーソナリティ症(パーソナリティ障害)や摂食症(摂食障害)との併存も珍しくありません。当院では併存疾患も含めた総合的な診療を行っています。
はい、トラウマから長い年月が経過していても治療は可能です。PTSDの症状が持続している場合、それは回避によって自然回復が妨げられている状態と考えられます。適切な治療によって、トラウマ記憶の処理と症状の改善を目指すことができます。
つらい語りを否定せずに受け止め、「あなたのせいではない」というメッセージを伝えてください。過覚醒や回避行動は病気の症状であり、叱責や無理な直面化は逆効果になります。ご家族自身のケアも忘れずに行ってください。
08関連する疾患
関連コラム
09参考文献
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. (DSM-5). APA; 2013.
- World Health Organization. International Classification of Diseases. 11th Revision (ICD-11). WHO; 2022.
- American Psychological Association. Clinical Practice Guideline for the Treatment of PTSD. 2017.
- NICE. Post-traumatic stress disorder (NG116). 2018, updated 2023.
- 日本トラウマティック・ストレス学会 PTSD治療ガイドライン. 2013.
- Kessler RC et al. Posttraumatic Stress Disorder in the National Comorbidity Survey. Arch Gen Psychiatry. 1995;52(12):1048-1060.


