01神経発達症群(ADHD・ASD)とは
手帳を買い、リマインダーを入れ、付箋を貼る。それでも締切が抜ける。うっかりミスを繰り返すたびに、「なぜ自分だけできないのか」と考えこんでしまう。
努力が足りないのだろう、と多くの方は考えます。実際、工夫でしのげる時期もあります。けれども、性格や努力の問題なら、これほど同じ形で困りごとが続くでしょうか。
その背景には、生まれ持った脳の特性が関わっていることがあります。神経発達症群と呼ばれる発達特性です。代表的なものに注意欠如・多動症(ADHD)と自閉スペクトラム症(ASD)があります。注意の持続・段取り・対人コミュニケーションの困難として現れます。
仕事や生活に支障が出ている場合は、早めの相談をおすすめします。環境調整・心理社会的支援・必要に応じた薬物療法を組み合わせます。特性とうまく付き合いながら、生活の質を高めることができます。
ADHDの特徴
ADHDは不注意・多動性・衝動性を特徴とする神経発達症です。有病率は子どもで約5%、成人で約2.5%とされています。めずらしい特性ではありません。遺伝率は約76%と報告されており、前頭前野や大脳基底核の機能に関わる脳の特性と考えられています。
なお、遺伝率とは集団レベルの統計指標です。「76%の確率で遺伝する」という意味ではありません。個人の発症は、遺伝と環境の複合的な影響によって決まります。
症状の現れ方によって3つの呈示型に分けられます。
- 不注意優勢型:注意散漫やうっかりミスが目立つタイプ
- 多動・衝動性優勢型:落ち着きのなさや衝動的な行動が目立つタイプ
- 混合型:不注意と多動・衝動性の両方が見られるタイプ
では、大人になってから気づいた困りごとも、発達特性なのでしょうか。特性そのものは、幼少期からあります。変わるのは現れ方のほうです。多動性は年齢とともに目立たなくなることがある一方、不注意の症状は成人期以降も残りやすい傾向があります。子どものころは目立たなかった特性に、大人になってから気づく方も少なくありません。
女性のADHDは不注意優勢型が多く、多動が目立ちにくいため、診断されにくい傾向があります。「ぼんやりしている」「片付けが苦手」といった見え方をすることがあります。
ASDの特徴
ASDは、社会的コミュニケーションの困難さと限定的・反復的な行動パターンを特徴とする神経発達症です。相手の気持ちや意図の理解が苦手だったり、特定の物事に強いこだわりを示したりします。感覚刺激に対する過敏さや鈍感さがみられることもあります。
ADHDとASDは、どちらか一方とは限りません。現在の診断基準では併存診断が可能となっており、実際に両者は併存することが多くみられます。当院では、総合的な視点から診断・治療を行っています。
02こんな症状はありませんか?
性格か特性かを、この場で見分ける必要はありません。目安は二つです。子どものころから、同じ種類の困りごとが続いていること。そして、いまの仕事や生活に支障が出ていることです。次の項目のうち、当てはまるものが複数あるなら、専門医に相談する理由として十分です。
ADHD関連の症状
- 仕事や家事で細部に注意が行き届かず、ケアレスミスが多い
- 課題や作業を最後までやり遂げるのが苦手である
- 気が散りやすく、集中を維持することが難しい
- 先延ばしにしてしまい、締切に間に合わないことが多い
- 忘れ物や紛失物が多い
- 思いついたことをすぐ口に出してしまう
- 順番を待つのが苦手で、じっとしていられない
- 段取りや優先順位をつけることが難しい
ASD関連の症状
- 相手の気持ちや場の空気を読むことが難しい
- 特定の物事に強いこだわりがある
- 急な予定変更にうまく対応できない
- 音や光、触覚などの感覚が過敏(または鈍感)である
- 同じ行動やルーティンを繰り返す傾向がある
- 非言語的なコミュニケーション(表情やジェスチャー)を捉えにくい
読みながら、思い当たる場面がいくつも浮かんだかもしれません。それは「だらしなさの証拠」ではなく、ご自身の特性を知る手がかりです。
このチェックリストは診断を確定するものではありません。参考情報としてご活用ください。
03神経発達症群はなぜ起こるのか
チェックリストに当てはまっても、なお迷いは残ります。「同じ環境でも、きちんとできる人はいる。やはり努力の問題ではないか」。長年そう考えて、自分を責めてきた方が少なくありません。
けれども、神経発達症群は生まれつきの脳の特性によるものです。育て方や、本人の努力不足が原因ではありません。
遺伝的要因
ADHDの発症リスクには、多数の遺伝子変異が複雑に関与しています。双子研究では遺伝率が高く(約76%)、遺伝的要因が強く関与するとされています。ドーパミンやノルアドレナリンなど、神経伝達物質に関わる遺伝子の多型が関連する可能性も研究されています。
脳の構造的・機能的な違い
ADHDの方は、前頭前野(計画・注意・衝動抑制を担う部分)の働きに違いがみられます。前頭前野の発達が遅れる傾向があり、注意制御や実行機能(エグゼクティブ・ファンクション)に影響を与えます。
また、報酬系を担う基底核と前頭前野を結ぶ回路の機能にも違いがあります。行動の計画・維持の困難や、モチベーションの調整に影響する可能性が指摘されています。手帳やアプリの工夫が続かないのは、意志の弱さというより、この回路の働きと関係している可能性があります。
これらの回路では、ドーパミンやノルアドレナリンが働いています。その濃度や伝達の違いが、集中力やモチベーションの維持に関わると考えられています。
環境要因
低体重出生や早産、妊娠中の喫煙・飲酒などが、リスク要因となる可能性があります。また、幼少期のストレスは症状を悪化させることがあります。ただし、環境が原因で発症するわけではありません。
あなたのせいではありません。そして、育てた方のせいでもありません。神経発達症群は脳の特性であり、適切な理解と支援によって、生活のしづらさを軽減することが可能です。
04神経発達症群はどう治療するのか
生まれつきの特性なら、治療で何が変わるのでしょうか。診察室でも、よく尋ねられる問いです。治療の目標は、特性が生む困りごとを減らし、生活の質を高めることです。薬・環境調整・心理的支援と、使える手立ては複数あります。症状と生活の状況に合わせて、組み合わせて進めます。
薬物療法
ADHDに対しては、脳内の神経伝達物質のバランスを調整する薬が用いられます。
- アトモキセチン(ノルアドレナリン再取り込み阻害薬):不注意症状の改善に用いられます。
- メチルフェニデート徐放製剤(中枢刺激薬):ドーパミン・ノルアドレナリンの働きを改善し、注意力の向上や衝動性の軽減が期待できます。同じ中枢刺激薬にリスデキサンフェタミンもありますが、国内では18歳未満で治療を開始した場合に用いられる薬です。
- グアンファシン徐放製剤(α2アドレナリン受容体作動薬):多動性・衝動性の改善に用いられます。
※いずれも一般名です。薬の選択は症状や生活状況に応じて主治医と相談のうえ決定します。
ASDに対しては、併存するうつ病や不安症、睡眠障害などの症状に薬物療法を行うことがあります。特性そのものへの対応は、環境調整と心理社会的支援が中心になります。
精神療法・心理的支援
認知行動療法では、自分を苦しめている思考パターンを見直し、柔軟な行動パターンを身につけることを目指します。ADHDに対しては、時間管理や段取りのスキルを身につけるコーチングも有効です。
ASDに対しては、以下のような支援が有効とされています。
- ソーシャルスキルトレーニング:対人場面での振る舞いを練習します。
- 環境調整:感覚過敏への配慮や、予定の構造化(見通しを立てやすくする)を行います。
- 認知行動療法:不安やこだわりへの対処法を身につけます。
- 就労支援:職場での合理的配慮の相談や、自分の特性に合った働き方を探します。
セルフケアと環境調整
セルフケアの目標は、「脳の特性に合うやり方を作ること」です。注意・衝動・時間管理の弱い部分を、意志の力ではなく環境設計と習慣で補うことが中心になります。ポイントは、頭の中だけで管理しないことです。具体的には以下のような工夫があります。
- 外部化:予定・締切・手順を見える化し、頭の中だけで管理しない
- 環境調整:気が散る要素を減らし、始めやすい環境を作る
- 時間管理:タイマーやアプリを活用し、「今・次・締切」を見失わない仕組みを作る
- 生活リズム:睡眠・食事・運動の安定が症状の安定につながる
治療の見通し
ADHDの多動性は、年齢とともに目立たなくなる傾向があります。一方、不注意の症状は成人期以降も残りやすいとされています。それでも、環境・支援・生活設計によって予後は大きく変わります。診断と自己理解を深め、自分に合った対処法を見つけていくことが大切です。
05銀座泰明クリニックの治療方針
受診を決めても、迷いは残るかもしれません。大人になってからの相談で、何を話せばいいのか。子どものころの記憶は、あいまいなのではないか。当院では、精神保健指定医・精神科専門医が神経発達症群の診療を担当しています。じっくりとお話を伺い、お一人おひとりに合った治療をご提案します。
精神保健指定医・精神科専門医による診察
幼少期からの発達歴や、現在の困りごとを丁寧にお聴きします。あいまいな記憶は、あいまいなままお話しください。いま困っている場面から、一緒に整理していきます。
総合的な評価
問診・発達歴の聴取・心理検査を組み合わせた多面的な評価を行います。ADHDとASDの併存や、うつ病・不安症などの二次障害も見落とさないよう注意しています。
通いやすい診療体制
夜間・土日も診療しており、お仕事や学業と両立しながら通院いただけます。
保険診療で受診できます
初診は約2,500〜3,000円、再診は約1,500円が目安です(3割負担の場合)。
※心理検査や血液検査を行った場合は、別途費用がかかる場合があります。
また、自立支援医療制度(精神通院医療)を利用すると、自己負担が1割に軽減されます。詳しくはお問い合わせください。
「なぜ自分だけできないのか」と責めてきた困りごとに、名前がつき、対処が見つかることがあります。気になったいまが、相談のタイミングです。お気軽にお問い合わせください。
06ご家族・周囲の方へ
ご家族や職場の立場では、別の迷いが続いているかもしれません。何度伝えても同じミスが繰り返されると、「わざとではないか」と感じてしまう。強く言ったあとで、後悔する。その繰り返しに疲れている方もいるはずです。
神経発達症群は生まれつきの脳の特性であり、本人の怠けや努力不足ではありません。だからこそ、叱って直そうとするよりも、伝わる形に変える工夫が役に立ちます。ご家族や職場の方の理解と適切な配慮が、ご本人の生活の質を大きく向上させます。
接し方のポイント
- 叱責ではなく具体的な指示を:「ちゃんとやって」ではなく、「〇〇を△時までに」と具体的に伝えると伝わりやすくなります。
- できていることに注目する:失敗への叱責が積み重なると自己否定が強まります。小さな成功を認めることが回復の支えになります。
- 環境の工夫:視覚的なスケジュール表やリマインダーなど、外部化のツールを一緒に取り入れてみてください。
- 予定の変更は事前に伝える:ASDの特性がある方は、急な変更に対応しにくいことがあります。スケジュールの変更はできるだけ早めに、具体的に伝えてください。
- 感覚過敏に配慮する:音・光・におい・触覚などに過敏さがある場合は、本人にとって快適な環境を一緒に整えてください。イヤーマフや照明の調整なども有効です。
- こだわりを否定しない:ASDの方のこだわりは安心感の源になっていることがあります。生活に大きな支障がなければ、尊重する姿勢が大切です。
- ご家族自身のケアも大切です:支える側が疲弊しないよう、ご自身の休息や相談の場を確保してください。
07よくあるご質問
はい、増えています。ADHDの症状は幼少期からありますが、学校や家庭で周囲がカバーしていたため、社会に出てから初めて困難を感じ、受診に至る方は少なくありません。成人のADHD有病率は約2.5%と報告されています。
必ずしもそうではありません。症状の程度や生活環境によって異なります。薬物療法とセルフケアを併用しながら、主治医と相談のうえ、減薬や休薬を検討することもあります。
はい、あります。DSM-5以降、ADHDとASDの併存診断が認められるようになりました。ASDの方はADHDを併存することが多く、総合的な評価が重要です。
もちろんです。「集中しにくい」「段取りが苦手」といった日常の困りごとでもご相談ください。早めの評価が、より適切な対処法を見つける第一歩になります。
多くの場合、通院しながらお仕事を続けていただけます。当院は夜間・土日も診療しておりますので、お仕事と両立しやすい環境です。症状が重い場合は、一時的な休養をお勧めすることもあります。
ADHDには遺伝的要因が関与しており、遺伝率は約76%と報告されています。ただし、遺伝率とは集団レベルの統計指標であり、「76%の確率で遺伝する」という意味ではありません。個人の発症は、遺伝と環境の複合的な影響によって決まります。
多動性は年齢とともに目立たなくなる傾向がありますが、不注意の症状は残りやすいとされています。ただし、「多動が減った=症状がなくなった」ではなく、内面的な落ち着きのなさや不注意が続くことがあります。適切な支援と環境調整によって、生活の質は改善できます。
ADHD治療薬には食欲低下や不眠などの副作用が出ることがありますが、症状や体調に合わせて種類や量を調整します。副作用について不安がある場合は、診察時にお気軽にご相談ください。
精神科の通院歴が生命保険や住宅ローンの審査に影響する場合があります。ご心配な場合は、受診前に各保険会社や金融機関にご確認いただくことをお勧めします。なお、診断を受けること自体は治療の第一歩であり、適切な支援につながる大切な機会です。
神経発達症に適切な支援がないまま過ごすと、抑うつ症(うつ病)や不安症(不安障害)、依存症などの精神疾患を併発することがあります。これを二次障害と呼びます。幼少期からの叱責や失敗の蓄積が自己否定につながり、二次障害のリスクを高めます。早期の診断と支援が予防につながります。
08関連する疾患
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09参考文献
- DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(American Psychiatric Association, 2022/日本語版: 医学書院, 2023)
- NICE. Attention deficit hyperactivity disorder: diagnosis and management (NG87). 2019 updated.
- Faraone SV et al. The World Federation of ADHD International Consensus Statement: 208 evidence-based conclusions about the disorder. Neurosci Biobehav Rev. 2021;128:789-818.
- 日本ADHD学会
- 厚生労働省 発達障害情報・支援センター


