01複雑性PTSDとは

複雑性PTSDは、虐待・DV・いじめ・ネグレクトなど長期間にわたる対人トラウマによって生じるストレス症状群です。フラッシュバック・感情調整困難・否定的自己像・対人関係の困難が続く場合は、早めの受診をおすすめします。トラウマに焦点をあてた心理療法を継続することで、多くの方が回復に向かいます。ICD-11(国際疾病分類 第11版)で独立した診断カテゴリーとして新たに位置づけられました。

複雑性PTSDでは、PTSDの3つの中核症状に加え、自己組織化の障害(DSO: Disturbances in Self-Organization)と呼ばれる3つの症状群が認められます。

PTSDの中核症状

  1. 再体験症状 — トラウマ記憶のフラッシュバックや悪夢
  2. 回避症状 — トラウマを想起させる状況・思考の回避
  3. 脅威の感覚 — 過覚醒、過度の警戒心

自己組織化の障害(DSO)

  • 感情調節の困難 — 感情の爆発や麻痺、ストレス下での解離
  • 否定的自己概念 — 「自分は価値がない」「壊れている」という持続的な信念
  • 対人関係の障害 — 他者への信頼困難、親密な関係の回避や不安定さ

ICD-11では複雑性PTSDが独立した診断カテゴリー(コード6B41)として新設されましたが、他の診断体系ではPTSD診断に「解離症状を伴う」という特定用語(離人感・現実感消失)を含める形で、長期反復トラウマの影響が認識されています。

複雑性PTSDの有病率については、一般人口の約1〜4%とする疫学研究があります(Cloitre et al., 2019; Ben-Ezra et al., 2018)。幼少期の虐待やネグレクトの経験者、長期間のDV被害者、戦争捕虜の経験者などに多くみられます。


02こんな症状はありませんか?

以下は複雑性PTSDに関連する代表的な症状です。

再体験症状

  • つらい出来事の記憶が突然、生々しく蘇ってくる(フラッシュバック)
  • その出来事に関する悪夢を繰り返し見る
  • 思い出した時に動悸、発汗などの身体反応が起きる

回避症状

  • トラウマに関する記憶や思考を避けようとしている
  • その出来事を思い出す場所、人、状況を避けている

脅威の感覚

  • 常に警戒心が強く、些細な刺激でびくっとする
  • 危険がないはずなのに、身が縮む感覚がある

感情調節の困難

  • 感情が激しく揺れ動き、コントロールが難しい
  • 感情がまったく感じられなくなることがある(感情の麻痺)
  • 強いストレスで、自分が自分でないような感覚がある(解離)

否定的自己概念

  • 「自分は価値がない」「自分は壊れている」と感じる
  • 深い恥の感覚や罪悪感がある
  • 自分を責め続けてしまう

対人関係の障害

  • 他者を信頼することが難しい
  • 親密な関係を築くことに恐怖を感じる
  • 人間関係が不安定になりやすい

このチェックリストは診断を確定するものではありません。参考情報としてご活用ください。

こころの健康をチェックしてみる


03複雑性PTSDはなぜ起こるのか

複雑性PTSDは、長期にわたる反復的な対人トラウマによって発症します。あなたが弱いから発症したのではありません。逃げられない状況の中で生きのびるために、脳とこころが適応した結果です。

複雑性PTSDを引き起こしうるトラウマ体験

複雑性PTSDは、単回のトラウマよりも、長期間くり返される対人トラウマと強く関連しています。幼少期の虐待・ネグレクト、DV(ドメスティック・バイオレンス)、学校や職場での長期にわたるいじめ、戦争捕虜や人身売買などの長期の監禁・拘束、児童養護施設等での不適切な扱いが代表的です。

ACE(小児期逆境体験)の研究では、幼少期のトラウマ体験の数が多いほど、成人後の精神的・身体的健康リスクが高まることが示されています(Felitti et al., 1998)。

脳のメカニズム

複雑性PTSDでは、PTSDと共通する脳の変化に加え、より広範囲な神経回路の変化が認められます。扁桃体(恐怖を検知する部分)の過活動により、安全な状況でも危険を感じてしまいます。記憶の文脈化を担う海馬の体積減少により、過去と現在の区別がつきにくくなります。

さらに、前頭前野(感情調整と理性的判断を担う部分)の機能低下が感情コントロールの困難につながります。自己認識を担うデフォルトモードネットワークにも変化が生じ、「自分がだれかわからない」という感覚につながることがあります。

愛着と発達への影響

幼少期に安全な愛着関係が築けなかった場合、感情調整の基盤そのものが十分に発達しないことがあります。これは「性格が弱い」のではなく、発達の過程で脳が環境に適応した結果です。

養育者との関係の中で「自分は守られる存在だ」「世界はおおむね安全だ」という感覚が育まれなかった場合、成人後も対人関係や自己認識に困難を抱えやすくなります。機能不全家族で育った方(いわゆる「アダルトチルドレン」)が、複雑性PTSDの症状を抱えていることも少なくありません。


04複雑性PTSDはどう治療するのか

複雑性PTSDの治療は、段階的アプローチ(phase-based approach)が国際的に推奨されています。Herman(1992)が提唱した3段階モデルが広く用いられています。

薬物療法

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が基本的な薬物療法として用いられます。セルトラリンが代表的です(PTSDに対する保険適応あり)。パロキセチン等が用いられることもあります。

複雑性PTSDでは、感情の不安定さに対して気分安定薬を併用することがあります。睡眠障害に対しては睡眠薬を、解離症状には状態に応じた薬を組み合わせることもあります。

薬物療法だけで複雑性PTSDが完全に改善することは難しく、心理療法との併用が重要です。抑うつ症(うつ病)不安症を併存している場合は、それらの治療も並行して行います。

心理療法 — 段階的アプローチ

複雑性PTSDの治療では、いきなりトラウマ記憶に取り組むのではなく、段階を踏んで安全に進めることが大切です。

第1段階:安全の確保と安定化

まず、日常生活の安全を確保し、感情を調整するスキルを身につけます。

  • 感情調整スキルトレーニング — 感情の認識・命名・調整を段階的に習得します。STAIR Narrative Therapy は、この感情調整スキルの習得からトラウマ記憶のナラティブ(語り直し)まで一体的に進めるプログラムです(NCNP にて有効性が確認されています)
  • グラウンディング技法 — 「今ここ」に意識を戻す方法で、フラッシュバックや解離への対処に役立ちます
  • 呼吸法・リラクセーション — 自律神経を安定させ、過覚醒を和らげます

第2段階:トラウマ記憶の処理

十分に安定してから、トラウマ記憶の処理に取り組みます。安定化が不十分なまま進めると、症状が悪化するおそれがあります。

  • 持続エクスポージャー療法(PE) — トラウマ記憶への段階的な直面化を行い、回避を減少させます
  • 認知処理療法(CPT) — トラウマに関する否定的な認知を検討し、より現実的な考え方に修正します
  • EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法) — 両側性刺激を用いて、トラウマ記憶を再処理します。WHOおよびNICEガイドラインで推奨されています

第3段階:再統合(リコネクション)

トラウマの処理が進んだら、人とのつながりを回復し、自分らしい生活を再建していきます。対人関係の構築、社会参加、将来の目標設定などに取り組みます。

セルフケア

複雑性PTSDのセルフケアでは、安全感と身体感覚の回復が重要です。

  • グラウンディング:5つの見えるもの、4つの触れるものなど、五感を使って「今ここ」に意識を戻す
  • 呼吸調整:4秒吸って6秒吐く呼吸法で、自律神経を安定させる
  • 身体へのアプローチ:ストレッチ、ヨガ、散歩など、身体を通じて安全感を取り戻す
  • ジャーナリング:感じたことや考えを書き出すことで、感情を整理する

治療の見通し

複雑性PTSDの治療は、通常のPTSDよりも長期的な取り組みが必要となることが一般的です。安定化の段階だけで数か月〜1年以上かかる場合もあります。

ISTSS(国際トラウマティック・ストレス学会)のガイドラインでも、段階的治療の有効性が支持されています。

回復のペースは一人ひとり異なります。焦らず、ご自身のペースで治療を続けることが大切です。


05銀座泰明クリニックの治療方針

当院では、精神保健指定医・精神科専門医が複雑性PTSDの診療を担当しています。

精神保健指定医・精神科専門医による診察

じっくりとお話を伺い、お一人おひとりに合った治療をご提案します。トラウマ体験は語ることに苦痛を伴うため、無理に聞き出すことはいたしません。信頼関係を築きながら、少しずつお聴きしていきます。

段階的アプローチを大切にしています

複雑性PTSDでは、安全の確保と安定化を最優先にします。感情調整のスキルが十分に身についてから、トラウマ記憶の処理へと段階的に進めます。あせらず、あなたのペースに合わせて治療を進めます。

社会資源との連携

必要に応じて、配偶者暴力相談センター、児童相談所、犯罪被害者支援、就労支援機関などの社会資源へおつなぎします。適応反応症(適応障害)を併発して休職が必要な場合の診断書作成にも対応しています。

通いやすい診療体制

夜間・土日も診療しており、お仕事や生活と両立しながら通院いただけます。長期的な治療が必要となる複雑性PTSDだからこそ、通い続けやすい環境を大切にしています。

保険診療で受診できます

初診は約2,500〜3,000円、再診は約1,500円が目安です(3割負担の場合)。

※心理検査を行う場合は別途費用がかかることがあります。

また、自立支援医療制度(精神通院医療)を利用すると、自己負担が1割に軽減されます。長期的な通院が必要な複雑性PTSDの治療では、経済的負担の軽減に役立ちます。詳しくはお問い合わせください。

トラウマからの回復は、あなたのペースで

精神保健指定医・精神科専門医が、あなたのお話をうかがいます

Web予約する
不安な方のために、初診のご案内をまとめています


06ご家族・周囲の方へ

複雑性PTSDを抱えるご家族は、長年にわたるトラウマの影響で、対人関係や感情のコントロールに困難を抱えていることがあります。以下の点を心がけていただくことが助けになります。

接し方のポイント

  • 安全で予測可能な関係を提供する:複雑性PTSDの方は、人間関係の中で傷ついた経験があります。一貫した態度で接し、約束を守ることが信頼の土台になります。
  • 感情の波を責めない:感情の爆発や突然の引きこもりは、病気の症状です。「いつまでも甘えている」「大人なのだから」といった言葉は避けてください。
  • 境界線を尊重する:距離をとりたいときは無理に近づかず、その気持ちを尊重してください。本人のペースを大切にすることが回復を助けます。
  • 回復には時間がかかることを理解する:複雑性PTSDの治療は長期にわたります。「早くよくなって」というプレッシャーは逆効果になることがあります。
  • ご家族自身のケアも大切です:トラウマを抱えるご家族を支えることは、大きな負担を伴います。ご自身の心身の健康も守ってください。必要であれば、ご家族のための相談窓口もご利用ください。

07よくあるご質問

複雑性PTSDとPTSDは何が違うのですか?

PTSDは主に単回の強烈なトラウマ体験をきっかけに発症し、フラッシュバック・回避・過覚醒が中心症状です。複雑性PTSDは長期間にわたる反復的なトラウマ(虐待、DV、いじめなど)により生じ、PTSD症状に加えて感情調節の困難、否定的な自己概念、対人関係の障害を伴います。ICD-11では独立した診断として位置づけられています。

複雑性PTSDはどのくらいで改善しますか?

個人差がありますが、段階的な治療を継続することで改善が期待できます。まず安全感の確立と感情調節スキルの獲得を行い、その後トラウマ記憶の処理へと進みます。通常のPTSDよりも治療期間は長くなる傾向がありますが、焦らずご自身のペースで進めていくことが大切です。

幼少期のつらい体験がありますが、受診してよいですか?

もちろんです。幼少期の虐待やネグレクトなどの体験は、複雑性PTSDの主な原因のひとつです。「もう何年も前のことだから」と感じる方もいらっしゃいますが、長い年月が経過していても治療は可能です。お気軽にご相談ください。

トラウマについて詳しく話さなければいけませんか?

初診時に無理にすべてを話す必要はありません。複雑性PTSDの治療では、まず安全な治療関係を築くことを最優先にしています。信頼関係ができてから、少しずつお話しいただければ大丈夫です。話したくないことは無理に話す必要はありません。

感情のコントロールが難しいのですが、治療できますか?

感情調節の困難は、複雑性PTSDの中心的な症状のひとつです。治療の第1段階では、感情調節のスキルを身につけることに重点を置きます。STAIR(感情調節と対人関係スキルのトレーニング)やグラウンディング技法などを用いて、段階的に改善を目指します。

「自分は壊れている」と感じるのですが、おかしいですか?

おかしくありません。否定的な自己概念は、複雑性PTSDの特徴的な症状のひとつです。長期間のトラウマ体験を通じて形成された信念であり、あなたの「弱さ」ではなく、脳と心が過酷な環境に適応した結果です。治療によって、その信念は少しずつ変化していきます。

薬を飲むことに抵抗があります。

薬物療法は治療の選択肢のひとつです。心理療法を中心に進めることも可能です。ただし、強い不眠や感情の不安定さが心理療法に取り組む妨げになっている場合は、一時的に薬の力を借りることで治療の土台が整うこともあります。主治医とご相談ください。

フラッシュバックや解離が起きた時はどうすればよいですか?

「今ここ」に意識を戻すグラウンディングが有効です。5つの見えるもの、4つの触れるもの、3つの聞こえる音を数えてみてください。冷たい水で手を洗う、氷を握るなどの身体感覚を使う方法も役立ちます。呼吸を「4秒吸って6秒吐く」とゆっくりにすることで、神経系の過覚醒を和らげることもできます。

家族はどう接すればよいですか?

つらい体験を否定せずに受け止め、「あなたのせいではない」というメッセージを伝えてください。感情の爆発や引きこもりは病気の症状であり、叱責や無理な直面化は逆効果になります。回復には時間がかかりますので、長い目で見守ってあげてください。ご家族自身のケアも忘れずに行ってください。


08関連する疾患

関連コラム


09参考文献

  • World Health Organization. International Classification of Diseases. 11th Revision (ICD-11). WHO; 2022.
  • Cloitre M, Courtois CA, Charuvastra A, et al. Treatment of complex PTSD: Results of the ISTSS expert clinician survey on best practices. J Trauma Stress. 2011;24(6):615-627.
  • Herman JL. Trauma and Recovery: The Aftermath of Violence — From Domestic Abuse to Political Terror. Basic Books; 1992.
  • International Society for Traumatic Stress Studies (ISTSS). ISTSS Guidelines Position Paper on Complex PTSD in Adults. 2019.
  • 金吉晴 編. PTSDの臨床研究 — 理論と実践. 金剛出版; 2006.
  • Brewin CR, Cloitre M, Hyland P, et al. A review of current evidence regarding the ICD-11 proposals for diagnosing PTSD and complex PTSD. Clin Psychol Rev. 2017;58:1-15.
  • Felitti VJ, Anda RF, Nordenberg D, et al. Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. Am J Prev Med. 1998;14(4):245-258.
  • Cloitre M, Hyland P, Bisson JI, et al. ICD-11 Posttraumatic Stress Disorder and Complex Posttraumatic Stress Disorder in the United States: A Population-Based Study. J Trauma Stress. 2019;32(6):833-842.
  • Ben-Ezra M, Karatzias T, Hyland P, et al. Posttraumatic stress disorder and complex posttraumatic stress disorder as per ICD-11 proposals: A population study in Israel. Depress Anxiety. 2018;35(3):264-274.
  • 国立精神・神経医療研究センター. 複雑性PTSD治療前進へ — STAIR Narrative Therapyの成果. 2022.
  • American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. Text Revision (DSM-5-TR). APA; 2022.