01双極症(躁うつ病)とは
沈んでいた気分が、あるときふっと晴れる。眠らなくても動けて、次々とアイデアが浮かぶ。ようやく元気になれた、と思うかもしれません。
ところがしばらくすると、また深い落ち込みが戻ってきます。うつ病として治療を受けているのに、なぜか波が繰り返される。そんな経過の背景に、別の病気が隠れていることがあります。
双極症(躁うつ病)は、気分が高揚する躁状態と、深く沈むうつ状態を繰り返す精神疾患です。この病名に照らすと、あの晴れた時期の見え方が変わります。回復ではなく、波のもう一方の山だった可能性があるのです。
大きくI型(重度の躁状態を伴う)とII型(軽躁状態を伴う)に分けられます。I型の生涯有病率は約1%、II型を含めた双極スペクトラムでは約2%前後とされています(国際調査による値で、日本ではさらに低いと報告されています)。10代後半から20代での発症が多く、めずらしい病気ではありません。
とくにII型では、経過を長く追った研究で、期間の約半分を抑うつ症状とともに過ごすと報告されています。うつの時期に受診すれば、診察室にあらわれるのはうつ症状だけです。うつ病と診断されていた方が、のちに双極症とわかるケースは少なくありません。
この見分けは、単なる名前の違いにとどまりません。双極症とうつ病では、治療の中心となる薬が異なります。だからこそ、正確な診断が欠かせません。
02こんな症状はありませんか?
では、性格としての「気分屋」と、どこで見分ければよいのでしょうか。目安になるのは、ふだんのご自分とは明らかに違う時期が、高い側と低い側の両方にあることです。
躁状態・軽躁状態の症状
- 睡眠時間が短くても平気だと感じる
- 口数が増え、話が止まらなくなる
- 次々とアイデアが浮かび、活動が増える
- 高額な買い物や投資をしてしまう
- イライラしやすく、怒りっぽくなる
- 自分には何でもできると感じる
うつ状態の症状
- 何をしても楽しくない、興味がわかない
- 気分が深く沈み、絶望感を覚える
- 疲れやすく、からだが動かない
- 眠れない、または眠りすぎる
- 自分を責める気持ちが強くなる
- 「消えてしまいたい」と思うことがある
うつ状態の症状は、うつ病のものとよく似ています。見分けを左右するのは、躁状態・軽躁状態の側です。眠らなくても平気だった時期、買い物が止まらなかった時期はなかったか。振り返ってみてください。
躁状態のとき、ご本人は「調子がよい」と感じていることが多く、病気の自覚がないことが特徴です。ご家族からの情報が診断の手がかりになります。
「消えてしまいたい」「自分を傷つけたい」というつらい気持ちがあるときは、ひとりで抱えこまず、下記の窓口にもご相談ください。
いのちの電話:0120-783-556(毎日16時〜21時、毎月10日は8時〜翌8時)
よりそいホットライン:0120-279-338(24時間)
思い当たる時期があっても、それだけで診断が決まるわけではありません。ただ、気分の波で仕事や生活に支障が出ているなら、相談する理由として十分です。早めに精神科・心療内科に相談することで、適切な治療につなげることができます。
03双極症はなぜ起こるのか
気分の波は昔からあった。だから性格なのだと思ってきた。そう振り返る方は少なくありません。けれども、双極症は性格の偏りではありません。
双極症は遺伝的要因が比較的強いとされる精神疾患のひとつです。ただし、特定の遺伝子ひとつで発症が決まるわけではありません。多くの遺伝子と環境要因が重なり合って、発症に至ります。
脳の機能とネットワークの変化
双極症では、感情を調整する脳の回路に変化が見られます。
- 前頭前野(感情制御・意思決定を担う)の機能低下により、衝動的な行動が起きやすくなります。
- 扁桃体(恐怖や不安を処理する)の過活動により、感情刺激に過敏に反応します。
- 前頭前野と扁桃体をつなぐ回路のバランスが不安定になることで、感情の振れ幅が大きくなります。
躁状態の高額な買い物や止まらない口数は、意志の弱さの証拠ではありません。感情と行動にブレーキをかける回路そのものが、揺らいでいる状態です。
神経伝達物質の関与
気分の波そのものには、脳内の神経伝達物質が関わっています。
- ドーパミン:躁状態では機能が高まり、過剰なエネルギー感が生じます。うつ状態では機能が低下します。
- セロトニン:気分の急激な変動に、セロトニン系の調整不全が関わると考えられています。
- ノルアドレナリン:覚醒レベルやストレス応答の制御に関わり、躁とうつ双方の症状に影響します。
生活リズムの乱れが引き金に
では、その波はなぜ、あるとき動き出すのでしょうか。双極症では体内時計の乱れが気分の波の引き金になると考えられています。再発の多くは、睡眠の乱れやストレスがきっかけになるとされています。
あなたのせいではありません。そして、引き金が睡眠やストレスにあるということは、治療で守れる場所がそこにあるということでもあります。
04双極症はどう治療するのか
診断がついたとき、いちばん知りたいのは「治るのか」だと思います。その答えは、薬の選び方と切り離せません。うつのつらさを何とかしたいのだから、抗うつ薬がほしい。そう思うのは自然なことです。
しかし双極症では、抗うつ薬だけで治療すると、躁状態を誘発するリスクがあります。うつ病とは治療法が異なるのです。治療の柱になるのは、気分の波そのものを穏やかにする気分安定薬です。
薬物療法
気分安定薬にはいくつかの選択肢があり、症状の出方に合わせて選びます。
- リチウム:躁状態にもうつ状態にも効果があり、再発予防にも用いられます。定期的な血中濃度の測定が必要です。
- バルプロ酸:気分の波を安定させます。波が短い周期で繰り返される場合(急速交代型)にも検討されることがあります。
- ラモトリギン:主にうつ状態の再発予防に有効とされています。
- 非定型抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールなど):躁状態やうつ状態の急性期の症状緩和に用いられます。
治療が軌道に乗ると、今度は別の落とし穴が待っています。「もう大丈夫」という実感です。調子が戻ると、薬は不要に思えてきます。しかし、自己判断での中断は再発リスクを高めます。「寛解」(症状がおおむね消失した状態)の維持を目標に、減らすときもやめるときも、主治医と相談しながら進めてください。
精神療法・心理教育
薬が波を抑えるあいだに、波と付き合う技術を身につけていくのが精神療法です。
- 心理教育:病気の仕組みや再発のサインを学び、自己管理力を高めます。
- 対人関係・社会リズム療法:生活リズムの安定と対人関係の改善を目指す、双極症に特化した精神療法です。
- 認知行動療法:思考パターンを見直し、再発予防に役立てます。
セルフケア・再発予防
日々の暮らしの側にも、再発を防ぐためにできることがあります。柱は5つです。
- 服薬管理:気分安定薬を続けることが、安定した状態を保つうえで大切です。
- 睡眠管理:毎日同じ時刻に寝起きし、体内時計のリズムを整えます。
- ストレス管理:過度な負荷を避け、適度な休息を取ります。
- 気分モニタリング:気分の変動を記録し、躁やうつの早期サインに気づきます。
- 生活の構造化:食事・活動・休息の時間を一定に保ちます。
とりわけ睡眠は、波の引き金にもなれば、ブレーキにもなります。毎日の眠りを守ることが、そのまま再発予防になります。
治療の見通し
治るのか、という最初の問いに戻ります。症状そのものは、治療によって寛解まで改善することが期待できます。ただ、波が戻らないようにするには、安定したあとも治療を続けることが大切です。双極症では、生涯にわたる治療の継続が安定を支えるとされています。
長い付き合いと聞くと、気が重くなるかもしれません。ただ、治療を続けながら安定した生活を送っている方は多くいます。目指すのは、波に振り回されない毎日を積み重ねていくことです。
05銀座泰明クリニックの治療方針
受診を決めたら、ひとつお願いがあります。落ち込みのことだけでなく、「調子がよすぎた時期」のことも、そのまま話していただきたいのです。眠らずに動けた数日間。止まらなかった買い物。その記憶が、診断を左右する手がかりになります。
当院では、精神保健指定医・精神科専門医が診察を担当します。いまのうつ状態だけでなく、過去の躁状態・軽躁状態の有無を丁寧に聴取し、双極症の見逃しを防ぎます。「診察の9割は、患者さんにお話しいただく時間です」。
通いやすい診療体制
夜間・土日も診療しており、お仕事帰りや休日にも通院いただけます。双極症の治療は長く続くものだからこそ、通いやすさを大切にしています。
保険診療で受診できます
初診は約2,500〜3,000円、再診は約1,500円が目安です(3割負担の場合)。
※心理検査や血液検査を行った場合は、別途費用がかかる場合があります。
また、自立支援医療制度(精神通院医療)を利用すると、自己負担が1割に軽減されます。詳しくはお問い合わせください。
晴れた時期を回復と思っては、また波に飲まれる。もしそんな繰り返しに心当たりがあるなら、あの元気さの正体を確かめることが、安定への一歩になります。「話してみようかな」と思ったときに、お気軽にお問い合わせください。
06ご家族・周囲の方へ
双極症では、ご家族にしか見えないものがあります。躁状態のご本人は「調子がよい」と感じていることが多く、変化を自覚しにくいためです。だからこそ、そばにいる方の観察と協力が、回復を大きく支えます。
接し方のポイント
- 躁状態のサインに注意する:睡眠時間の減少、口数の増加、浪費傾向など、いつもと違う変化に気づいたら早めに主治医にご相談ください。
- 批判や過干渉を控える:強い批判や過干渉の多い環境は、再発リスクを高めるとされています。穏やかに見守る姿勢が大切です。
- 服薬の中断に注意する:「もう大丈夫」と感じた時こそ、服薬の継続が重要です。ご本人を責めずに、主治医への相談を勧めてください。
- 金銭管理への配慮:躁状態では浪費が起きやすいため、クレジットカードの管理などを事前に話し合っておくことも一案です。
- ご家族自身のケアも忘れずに:気分の波に付き合うことは、ご家族にとっても大きな負担です。相談窓口やご自身の時間を大切にしてください。
気分の波は、ご本人の性格や意志の問題ではありません。ご家族が病気の性質を知っていること自体が、再発予防の力になります。ご家族からのご相談も承っています。
07よくあるご質問
適切な薬物療法と生活リズムの安定により、症状をコントロールし、安定した日常生活を送ることが期待できます。治療目標は「寛解」の持続です。
うつ状態で初診される方が多く、初期には抑うつ症(うつ病)と診断されることがあります。過去に「異常に調子がよかった時期」がある場合は、医師にお伝えください。抗うつ薬が効きにくい場合も、双極症(躁うつ病)の可能性を検討することがあります。
再発予防のため、長期間にわたり気分安定薬の服用を続けることが推奨されます。服薬を自己判断で中断すると、再発リスクが大きく高まります。減薬の判断は主治医と慎重に相談してください。
リチウムは有効な治療薬ですが、定期的な血液検査で血中濃度を管理することが必要です。手の震え、口の渇き、体重増加などが現れることがありますが、適正な濃度を維持することで安全に使用できます。
多くの場合、ご本人は「調子がよい」と感じており、病気の自覚がありません。周囲の方からの情報が診断の重要な手がかりになります。
症状が安定していれば、仕事を続けることは十分に可能です。ただし、過度なストレスや不規則な生活は再発のリスクとなるため、無理のない働き方を主治医と相談しましょう。
躁状態では判断力が低下し、高額な買い物や衝動的な投資をしてしまうことがあります。回復後に後悔される方が少なくありません。事前にご家族と金銭管理のルールを決めておくことが有効です。
双極症(躁うつ病)は遺伝的要因が比較的強い疾患です。ただし、特定の遺伝子だけで発症するわけではなく、多くの遺伝子と環境要因の組み合わせによります。ご家族に双極症(躁うつ病)の方がいても、必ず発症するわけではありません。
妊娠・出産は可能ですが、気分安定薬の中にはバルプロ酸のように催奇形性のリスクが報告されているものがあります。妊娠を希望される場合は、事前に主治医とご相談いただき、リスクの低い薬剤への変更や治療計画の見直しを行うことが大切です。自己判断での服薬中止は再発のリスクがあるため避けてください。
はい、もちろんです。「気分の波が激しい」「調子のよい時期と落ち込む時期がある」と感じたら、早めのご相談をおすすめします。
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09参考文献
- DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(American Psychiatric Association, 2022/日本語版: 医学書院, 2023)
- 日本うつ病学会 診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023
- CANMAT/ISBD Guidelines for the Management of Bipolar Disorder(Yatham et al., 2018, Bipolar Disorders)
- NICE Bipolar disorder: assessment and management (CG185, 2023 updated)
- Judd LL, Akiskal HS, Schettler PJ, et al. A prospective investigation of the natural history of the long-term weekly symptomatic status of bipolar II disorder. Arch Gen Psychiatry. 2003;60(3):261-269.
- Merikangas KR, Jin R, He JP, et al. Prevalence and correlates of bipolar spectrum disorder in the World Mental Health Survey Initiative. Arch Gen Psychiatry. 2011;68(3):241-251.


