01依存症とは
今夜はやめておこう。そう決めた日に限って、気づけばまた同じことをしている。翌朝に残るのは、自分との約束を破った悔しさです。
これを繰り返すうちに、多くの方が「自分は意志が弱い」という結論にたどり着きます。けれども、やめたいという気持ちに、うそはないはずです。本気でやめたいのに、行動だけがそれを裏切る。この食い違いには、性格ではなく、脳の変化という説明がつきます。
依存症は、アルコールや薬物、ギャンブルや買い物などを、やめたくてもやめられなくなる病気です。脳の報酬系の変化による慢性疾患であり、「意志の弱さ」や「性格の問題」ではありません。
依存症は大きく2つに分かれます。ひとつは、お酒や薬物など、物質そのものにのめり込む物質依存です。もうひとつは、ギャンブル・買い物・性行動・推し活・対人関係など、行動にのめり込む行動嗜癖です。対象は違っても、脳の報酬回路の異常学習という共通の仕組みが関わっています。なお、「推し活依存」は、ICD-11に正式な診断名としては載っていません。ただ、行動嗜癖の一形態として、臨床では評価と治療の対象になります。
悩んでいる方は、決して少なくありません。アルコール依存症が疑われる方は、国内で約100万人と推計されています(厚生労働省)。一方で、実際に治療を受けている方は、約5万人にとどまります。治療につながっていない方が、それだけ多いのです。生涯でギャンブル等依存が疑われた経験のある方は、成人の約3.6%。直近1年間の有病率は約0.8%と報告されています(2017年 国立病院機構久里浜医療センター調査)。また、ICD-11では「強迫的性行動症」が衝動制御症群に分類され、正式な疾患として認められました。依存症は、誰にでも起こりうる身近な疾患です。
そして、治療の方法がある病気です。薬物療法・心理療法・自助グループへの参加を組み合わせ、多くの方が回復を目指せます。
02こんな症状はありませんか?
では、楽しみとして続けている状態と、病気との境目は、どこにあるのでしょうか。目安になるのは、量や回数そのものではありません。やめようと決めても守れないこと、そして生活に支障が出ていることです。次の項目に心当たりが重なる場合、依存症の可能性があります。
行動面の変化
- やめようと思っても、同じ行動を繰り返してしまう
- 以前と同じ量・頻度では満足できなくなった
- その行動のために、嘘をついたり隠したりすることがある
- やめると落ち着かない、イライラする、不安になる
- 「もう一回だけ」「取り戻そう」と考えてしまう
- 金銭管理が困難になっている
生活・対人関係への影響
- 仕事・学業・家庭生活に支障が出ている
- 大切な人との関係が悪化している
- 睡眠リズムや食生活が乱れている
- 罪悪感や自己嫌悪を感じるが、やめられない
- 借金や法的な問題を抱えている
すべてあてはまる必要はありません。嘘や罪悪感の項目に心当たりがあるなら、ご自身でも異変に気づいているということです。その気づきは、相談する理由として十分です。
アルコール依存の自己チェックには、確立された質問票があります。WHOが開発した10問のAUDIT(アルコール使用障害同定テスト)と、4つの質問で確かめるCAGEが広く用いられています。
このチェックリストは診断を確定するものではありません。気になる症状がある方は、お気軽にご相談ください。
チェックを数えて気が重くなった方も、そのままで大丈夫です。早めに精神科・心療内科に相談することで、適切な治療につなげることができます。
03依存症はなぜ起こるのか
「病気だと言われても、最後は意志の力でやめるしかないのではないか」。そう感じる方は多いはずです。誰よりもご本人が、そう考えて自分を責めていることが少なくありません。
けれども、この考えには見落としがあります。衝動にブレーキをかける働きは、脳の前頭前野が担っています。そして依存症では、その前頭前野の機能そのものが低下します。つまり「意志でやめる」作戦は、弱っている部位に仕事を任せる作戦なのです。だからこそ、意志の代わりに治療の出番になります。
原因は一つではありません。脳の仕組み・心理的な背景・環境要因が絡み合って発症します。
脳の報酬系の変化
依存症の脳では、報酬回路(側坐核・腹側被蓋野)が特定の刺激に過剰に反応するようになります。ドーパミンの分泌パターンが変わり、「やらないと正常に感じられない」状態が生まれます。以前と同じ量では満足できないのに、やめると落ち着かない。この板挟みは、報酬系の変化がつくり出しています。
心理的要因(病前性格との関連)
依存症になりやすい心理的な傾向として、次のものが知られています。
- 衝動性・快楽追求傾向:瞬間的な欲求に弱く、新しい刺激やスリルを求めやすい
- ストレス脆弱性:不安が強く、感情の起伏が大きい
- 対人関係の問題:自尊心が低く、他者からの評価に頼りやすい
- 回避的対処:問題を先送りしやすく、目先の報酬を優先する
ただし、これらは「あてはまれば発症する」という決定因子ではありません。なりやすさ(感受性)を示すものです。適切な治療と支援で、行動パターンは変えられます。
環境要因・生い立ち
育ってきた環境も、発症に関わります。幼少期の家庭環境(虐待・ネグレクト・過度に厳しい養育)、思春期の孤立体験、職場のストレスなどです。心の痛みをまぎらわすためにお酒やギャンブルを使ううちに、習慣化してしまうケースが少なくありません。
遺伝的要因
家族にアルコール依存症の方がいる場合、リスクが約3〜4倍高まるとされています。依存症の約50%に遺伝的要因が関与しているという研究もあります。ADHDや双極症など、衝動を抑えにくい特性を持つ方も、依存症になりやすい傾向があります。
あなたのせいではありません。なりやすさの多くは、生まれ持った特性や育った環境の側にあります。意志の強さの問題として片づけられる話ではないのです。だからこそ、治療という外からの助けに意味があります。
04依存症はどう治療するのか
やめたい気持ちと、やめたくない気持ち。受診される方の多くが、その両方を同時に抱えています。この揺れは、治療の妨げにはなりません。揺れたまま始められることが、依存症治療の前提になっているからです。
依存症は慢性疾患として位置づけられています。治療も、一度の処置で終わるものではありません。長期的な視点で、複数の方法を組み合わせて進めます。
薬物療法(医師管理下)
アルコール依存症には、飲酒そのものに働きかける薬があります。飲酒欲求を抑えるアカンプロサート、飲酒量を低減するナルメフェンなどです。飲酒時に不快感を生じさせる抗酒薬(ジスルフィラム)もあります。
一方、ギャンブル依存症には、確立された薬物療法はまだありません。この場合は、併存するうつ病や不安症への薬物療法が中心になります。行動嗜癖の全般では、衝動性を和らげる薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が検討されます。
重要:自己判断での急な断酒は危険です
アルコール依存症では、急な断酒により離脱症状(手の震え、発汗、不眠、幻覚など)が生じることがあります。重症の場合、振戦せん妄やけいれん発作など生命に関わる症状が出現する可能性があります。断酒は必ず医療機関の管理のもとで行ってください。
心理療法
- 認知行動療法:依存行動のトリガー(引き金)を分析し、考え方のパターンを見直します。代わりの行動を設計し、再発予防に取り組みます
- 動機づけ面接:「やめたいけどやめられない」という両価的な気持ちに寄り添い、変化への動機を引き出します
- 再発予防トレーニング:再発しやすい高リスク状況を見きわめ、その管理方法を学びます
とくに動機づけ面接は、「やめたいのにやめたくない」という揺れそのものを扱う方法です。気持ちが固まってから受診する必要はありません。
セルフケア・衝動管理
衝動(クレービング)の渦中では、この波に終わりがないように感じられがちです。しかし実際には、20〜30分でピークを過ぎることが知られています。闘って抑え込むのではなく、やり過ごす。それが衝動への基本の構えになります。
「30分待つ」と決めておく遅延法が、その代表です。散歩やシャワー、電話など、別の行動に切り替える代替行動法も役立ちます。衝動を波として観察する「衝動サーフィン」という技法もあります。
自助グループ(ピアサポート)
AA(アルコホーリクス・アノニマス)、NA(ナルコティクス・アノニマス)、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)などの自助グループは、同じ経験を持つ仲間との交流を通じて回復を支えます。当事者同士のつながりが孤立を防ぎ、回復の継続に大きな役割を果たしています。
併存症の同時治療
依存症は、単独で存在することがむしろ少ない疾患です。うつ病・不安症・PTSD・ADHD・パーソナリティ症など、多くの精神疾患を伴いやすいことが知られています。こうした併存症を適切に評価し、並行して治療することが、回復を安定させます。
回復の見通し
「それでも、また繰り返してしまったら」。この心配には、数字で答えることができます。依存症の再発率は40〜60%程度と報告されています(McLellan et al., 2000)。高血圧やぜんそくなど、ほかの慢性疾患と同じ水準です。
つまり、再発は「失敗」ではなく、治療を調整するサインです。引き金を分析し直し、支援の網を広げることで、長期的な回復が期待できます。薬物療法・心理療法・自助グループを組み合わせた継続的な治療が、この回復を支えます。
05銀座泰明クリニックの治療方針
受診を決めたあとにも、ためらいは残るものです。「話したら、責められるのではないか」。当院の診察でうかがいたいのは、反省ではなく、そこに至るまでの経緯です。依存の背景やお気持ちを丁寧にお聴きし、回復に向けた治療計画を一緒に組み立てます。
精神保健指定医・精神科専門医による診察
診察は、精神保健指定医・精神科専門医が担当します。依存症の背景には、うつ・ADHD・パーソナリティ症などの併存疾患が隠れていることがあります。その評価まで含めて、包括的に診ていきます。
通いやすい診療体制
夜間・土日も診療しており、お仕事を続けながら通院される方にも対応しています。治療が長く続くものだからこそ、通いやすさを大切にしています。
保険診療で受診できます
初診は約2,500〜3,000円、再診は約1,500円が目安です(3割負担の場合)。
心理検査や血液検査を行った場合は、別途費用がかかる場合があります。
また、自立支援医療制度(精神通院医療)を利用すると、自己負担が1割に軽減されます。詳しくはお問い合わせください。
「今夜はやめておこう」という約束を、また破ってしまった。その翌朝が、相談のタイミングです。意志を責めることは、もう十分にしてこられたはずです。次は、治療の力を借りてみてください。
06ご家族・周囲の方へ
ご家族の立場には、また別の苦しさがあります。助けたい。けれども、借金を肩代わりし、嘘をかばうほど、事態が進んでいく気がする。その感覚には理由があります。よかれと思った手助けが、ご本人が問題と向き合う機会を奪ってしまうことがあるからです。
迷ったときの目安は、「ご本人の代わりに問題を引き受けない」ことです。
接し方のポイント
- 「脳の病気」であることを理解する:「意志が弱い」「だらしない」と責めることは、逆効果になりえます
- 依存行動の尻拭いをしない:借金の肩代わりや嘘の隠蔽は、ご本人が問題と向き合う機会を奪うことがあります
- 一貫した態度を保つ:「やめてほしい」と言いながら資金を渡すなど、矛盾した対応は回復を妨げます
- ご自身のケアも大切に:ご家族の心身の健康が保たれてこそ、ご本人を支えることができます
- 専門家に相談する:ご家族だけで抱え込まず、医療機関やご家族向けの支援団体にご相談ください
手を貸さないと決めることは、見放すことではありません。ご本人が回復へ向き合う機会を、守ることでもあります。
07よくあるご質問
依存症は慢性疾患と位置づけられており、「完治」よりも「回復」「寛解」を目指す治療が行われます。適切な治療と継続的な支援により、安定した生活を取り戻していく道があります。再発は回復過程の一部と捉え、治療を調整しながら長期的に取り組みます。
「まだ大したことない」と感じている段階でこそ、早期にご相談いただくことが大切です。依存症は進行性の疾患であり、早期に介入するほど回復しやすくなります。
依存症のご本人は問題を否認しやすい特徴があります。まずはご家族だけでご相談いただくことも可能です。ご家族の対応を変えることで、ご本人の変化につながるケースもあります。
依存症と診断された場合、「節度ある飲酒」はたいへん困難です。一杯のアルコールで脳の報酬回路が再活性化し、依存状態に戻るリスクが高くなります。原則として完全断酒が推奨されます。ただし、断酒は必ず医師の指導のもとで段階的に行う必要があります。自己判断での急な断酒は危険です。
はい、ギャンブル依存症は精神医学で「ギャンブル障害」として分類される疾患です。アルコール依存症と同様に、脳の報酬回路の問題として治療を行います。
行動をコントロールできず、生活に深刻な支障をきたしている場合は、行動嗜癖(行動の依存症)として治療の対象になります。買い物・推し活・SNS・対人関係への依存も、背景にある心理的な問題を含めて診療いたします。
認知行動療法や動機づけ面接など、心理療法を中心とした治療も行っています。薬物療法以外の選択肢もご提案できますので、ご希望をお聞かせください。
治療期間は個人差が大きく、一般的に数年単位の継続的な取り組みが必要とされています。通院頻度や治療内容はその方の状態に合わせて調整します。
外来通院で治療を進められるケースが多く、必ずしも休職は必要ありません。当院では夜間・土日も診療しておりますので、お仕事を続けながら通院いただけます。
依存症は抑うつ症(うつ病)・不安症(不安障害)・PTSD・ADHD・パーソナリティ症など、多くの精神疾患と併存しやすいことが知られています。これらを同時に治療することで、回復の可能性が高まります。
もちろんです。再発は「失敗」ではなく、慢性疾患の治療過程では起こりうることです。トリガーの再分析・治療の再調整を行い、回復を続けていきましょう。
08関連する疾患
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- 衝動制御症について
- 双極症と依存症について
- 依存症と家族について
- 依存症と自閉症について
09参考文献
- DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(American Psychiatric Association, 2022/日本語版: 医学書院, 2023)
- ICD-11 国際疾病分類 第11版(World Health Organization, 2022)
- 国立精神・神経医療研究センター こころの情報サイト
- 国立病院機構久里浜医療センター ギャンブル障害の疫学調査(2017)
- NICE Alcohol-use disorders: diagnosis and management (CG115, 2011 updated 2023)
- 日本アルコール・アディクション医学会 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン(2018)
- McLellan AT, Lewis DC, O’Brien CP, Kleber HD. Drug dependence, a chronic medical illness: implications for treatment, insurance, and outcomes evaluation. JAMA. 2000;284(13):1689-1695.


