
「怖いのに、家から出られない」「殴られても、自分が悪かったのかもしれないと思ってしまう」。DV(配偶者・パートナー暴力)の被害を受けている方に、たびたび聞かれる言葉です。殴る・蹴るといった身体への暴力だけでなく、怒鳴る、無視する、生活費を渡さない、連絡先を管理する、望まない性行為を迫る。こうしたあらゆる行為が、少しずつ、こころとからだを削っていきます。
夫・恋人・パートナーからのあらゆる暴力、性犯罪、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為は、重大な人権侵害です。なかでも女性に対する暴力は、日本の社会構造を直視すると、今なお早急に対応が必要な課題として残っています。「家のなかのことだから」「相手も辛そうだから」と我慢を続けた結果、眠れない、涙が止まらない、外に出られない、といった不調が積み重なっていきます。
大切なことを最初にお伝えします。悪いのは加害者であって、あなたは悪くありません。そして、我慢し続ける必要もありません。当院は、DV や性暴力の影響で生じたこころとからだの不調の診療と、必要な支援窓口・保護命令制度へのご案内の両方を行います。
- 相手の機嫌をうかがって、家のなかで気が休まらない
- 殴る・怒鳴る・物を壊すといった行動が繰り返される
- 生活費や口座を管理され、自由に使えない
- 望まない性行為を拒めない/避妊に協力してもらえない
- 家族や友人との連絡を制限される
- 眠れない、食べられない、めまい・頭痛が続く
一つでも当てはまるなら、相談してよいタイミングです。逃げるかどうかを今すぐ決める必要はありません。まずは「これは DV ではないか」と一度立ち止まって考えるために、相談窓口や医療機関を利用してください。
DV(配偶者・パートナー暴力)とは
DV(Domestic Violence、配偶者・パートナー暴力)は、配偶者・元配偶者・恋人など、親密な関係にある相手への身体的・精神的・性的・経済的な暴力の総称です。婚姻届を出しているかどうか、同居しているかどうかは関係ありません。恋人関係でも、別居中でも、元配偶者からの行為でも、該当します。
配偶者暴力防止法(DV 防止法)は 2024 年 4 月 1 日に改正・施行されました。身体的暴力だけでなく、重篤な精神的被害を受けた場合も、接近禁止命令などの保護命令の対象に拡大されています。「殴られていないから我慢するしかない」という考え方は、もう当てはまりません。自由・名誉・財産への脅迫も、立派な暴力です。
DV は、どんな人にも、どの家庭にも起こりえます。学歴・収入・職業・年齢に関係なく被害は生じます。「自分が至らないから」「相手を怒らせたから」と考えてしまうことがありますが、どんな事情があっても、相手を怖がらせる行為は正当化されません。被害を受けている側の落ち度で起きている暴力は一つもありません。
さまざまな形の暴力と、同意の考え方
DV は殴る行為に限りません。身体・こころ・性・経済・社会関係のいずれでも起こり、多くの場合、複数の形が組み合わさって現れます。
- 身体的暴力: 殴る、蹴る、突き飛ばす、物を投げつける、髪を引っ張る
- 精神的暴力: 怒鳴る、無視する、人格を否定する、長時間責め立てる
- 性的暴力: 同意のない性行為、避妊への非協力、性的な画像の撮影や流布の示唆
- 経済的暴力: 生活費を渡さない、カードや通帳を取り上げる、働くことを禁じる
- 社会的隔離: 友人や家族との交流を制限する、連絡先や位置情報を監視する

あなたの「からだとこころ」はあなた自身のものです。いつ、どこで、誰と、どのような性的関係を持つかは、あなた自身が決めることです。相手との関係が対等でない場合、「嫌だ」と言いにくい状況で行われた場合、同意があったことにはなりません。また、ある行為に同意したからといって、別の行為にも同意したことにはなりません。

同意なき性行為は「性暴力」であり、重大な人権侵害です。着替えやトイレ・入浴をのぞかれた、体を触られた、望まないキスや性行為をさせられた、避妊に協力してくれなかった、お酒や薬を使って性行為された、裸の写真や動画を撮られた、SNS で知り合った相手から被害を受けた。これらはすべて、性暴力に当たります。
性暴力は年齢や性別、時間や場所を問わず起こります。とくに、加害者の約 8 割は顔見知りであるとされ、友人や夫婦、恋人のような親密な関係のなかでも起こりえます。「家族のことだから」「恋人のすることだから」と割り切る必要はまったくありません。
こころとからだに起こる不調
DV や性暴力の影響は、外から見える傷だけではありません。長く続く緊張状態や恐怖体験は、さまざまな精神的・身体的な不調として現れます。被害を受けた方に、以下のような症状がしばしば見られます。
- PTSD(心的外傷後ストレス症): 突然フラッシュバックが起こる、悪夢、強い警戒、気持ちの麻痺
- 抑うつ症(うつ病): 気分の落ち込み、意欲低下、不眠、食欲不振、自責感
- 適応反応症: 強いストレスに対する不安・抑うつ・行動の乱れ
- 不安症: 動悸、息苦しさ、過剰な緊張、外出が怖い
- 身体化症状: 頭痛、めまい、吐き気、慢性的な痛み、自律神経の乱れ
これらは、性格が弱いから現れる症状ではありません。強い恐怖や無力感を繰り返し体験したことに対する、こころとからだの正直な反応です。医療で扱える部分が多くあり、診断書は後述の保護命令の申立てや職場・行政への相談でも重要な役割を果たします。
DV チェックリスト(日常生活編)
「これは DV かもしれない」と感じたときに、ご自身や身近な方の状況を整理する手がかりになるチェックリストです。該当する項目が4 つ以上あれば、DV の可能性を考えて相談することをおすすめします。

| 日常生活におけるチェックリスト | × | 〇 | |
| 1 | 経済問題(生活の困窮、無職、借金、賭博など) | 0 | 1 |
| 2 | 不定愁訴(頭痛・めまい・吐気など)・抑うつ症状(不眠・不安・意欲低下など) | 0 | 1 |
| 3 | 躊躇している(帰宅をしぶり、相談したそう) | 0 | 1 |
| 4 | 夫・恋人が離れようとしない | 0 | 1 |
| 5 | アルコール・タバコ・薬物依存など | 0 | 1 |
| 6 | 落ち着かない、イライラ・ピリピリ | 0 | 1 |
| 7 | 視線が合わない、表情に乏しい、応答が曖昧など | 0 | 1 |
| 8 | 生活リズムの乱れ | 0 | 1 |
| 9 | 子どもの発育・発達の遅れ、不登校・非行など | 0 | 1 |
| 10 | 子どもへ乱暴、無関心 | 0 | 1 |
| 11 | 本人・子どもに不自然な傷跡 | 0 | 1 |
| 12 | 夫・恋人からの DV 被害・申告 | 0 | 1 |
DV チェックリスト(診療の場での見立て)
医療機関を受診された際に、DV の可能性を見立てるために使われるチェックリストです。診療の現場で「どんな様子がサインになるか」を知っておくと、ご自身の状況を客観的に捉える助けになります。

| 診療の場におけるチェックリスト | × | 〇 | |
| 1 | 不自然な外傷(打撲・青あざ・すり傷・火傷など) | 0 | 1 |
| 2 | 外傷の説明を躊躇する、説明が曖昧・矛盾している | 0 | 1 |
| 3 | 夫・恋人の表情・機嫌をうかがう | 0 | 1 |
| 4 | 夫・恋人が離れようとしない | 0 | 1 |
| 5 | 躊躇している(帰宅をしぶり、相談したそう、入院したそう) | 0 | 1 |
| 6 | 落ち着かない、イライラ・ピリピリ | 0 | 1 |
| 7 | 視線が合わない、表情に乏しい、応答が曖昧など | 0 | 1 |
| 8 | 脱衣することへの抵抗(外傷を隠す) | 0 | 1 |
| 9 | 不定愁訴(頭痛・めまい・吐気など)・抑うつ症状(不眠・不安・意欲低下など) | 0 | 1 |
| 10 | 夫・恋人からの DV 被害・申告 | 0 | 1 |
| 11 | 子どもの問題・心配事 | 0 | 1 |
| 12 | 子どもへ乱暴、無関心 | 0 | 1 |
保護命令制度(2024 年 4 月改正)

配偶者暴力防止法に基づく保護命令制度が、2024 年 4 月 1 日から新しくなりました。重篤な精神的被害を受けた場合にも、保護命令の対象が拡大されたことが大きな変更点です。
- 接近禁止命令等について、発令の対象が拡大
- 子への電話等禁止命令が新たに設けられた
- 保護命令違反への罰則が加重された(2 年以下の拘禁刑、200 万円以下の罰金)
保護命令の種類

保護命令制度は、地方裁判所が被害者の申し立てを受け、加害側配偶者に対して一定の行為を禁止する命令を出す仕組みです。違反した者は 2 年以下の拘禁刑または 200 万円以下の罰金となります。
- 被害者への接近禁止命令
- 被害者の子への接近禁止命令
- 被害者の子への電話等禁止命令
- 被害者の親族等への接近禁止命令
- 退去等命令
対象となる「脅迫」

接近禁止命令などの対象となる脅迫は「生命・身体・自由・名誉または財産に対し害を加えると告げて行う脅迫」です。具体的にどの言動が該当するかは、個別の事案ごとに裁判所が判断します。例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 自由への脅迫: 部屋に閉じ込める、外出しようとすると怒鳴る、土下座を強要する、従わなければ仕事を辞めさせると言う。性的自由を害する告知も含まれる
- 名誉への脅迫: 性的な画像をばらまくと告げる、悪評をインターネットに流すと告げる
- 財産への脅迫: キャッシュカードや通帳を取り上げると告げる
医師の診断書の役割
「重大な危害」とは、少なくとも通院による治療を要する程度の危害を指します。「心(精神)」に対する重大な危害には、うつ病、PTSD(心的外傷後ストレス症)、適応反応症、不安症、身体化症状などが含まれます。配偶者からの身体的暴力または脅迫により、こうした症状で通院治療が必要になっており、さらなる危害を受ける恐れがある場合、「重大な危害を受ける恐れが大きい」と評価されます。
保護命令は迅速な裁判(法第 13 条)によって進められるため、申立ての際は、医師の診断書を添付することが必要です。当院では、DV による心身の不調を診療するとともに、必要に応じて診断書を作成し、申立てに同行する支援者や行政窓口との連携を行います。
関連する疾患
DV の被害は、以下のような精神疾患として現れることが多くあります。複数が重なっていることも珍しくありません。
- PTSD(心的外傷後ストレス症): 出来事の再体験、悪夢、強い警戒、感情の麻痺などが続きます。
- 複雑性 PTSD: 長期にわたる被害のあとに、自己否定感・対人関係の困難・感情調整の難しさが加わります。
- 抑うつ症(うつ病): 気分の落ち込み、不眠、意欲低下、強い自責感が出てきます。
- 適応反応症: DV という強いストレス状況への反応として、不安・抑うつ・行動の乱れが生じます。
- 不安症: 動悸、息苦しさ、過剰な緊張、外出の困難などが続きます。
- 心身症: 頭痛・めまい・吐き気・慢性の痛みといった身体症状として出ることがあります。
- 不眠症: 眠れない、途中で目が覚める、悪夢で眠りが浅いといった形で現れます。
治療・相談の基本
被害を受けている方への支援は、「安全の確保」「こころとからだのケア」「生活再建と法的支援」の三つが同時に動きます。医療だけですべてを解決することはできませんが、医療は不調のケアと、公的支援につなぐ起点としての役割を担います。
1. 安全の確保を最優先に
現に暴力が続いている場合、まずは安全な場所の確保が必要です。配偶者暴力相談支援センター、警察、各地の DV 相談窓口では、一時保護先の調整、子どもの安全、生活費の確保まで含めてご相談に乗ってくれます。医療の側からも、必要に応じてこれらの窓口をご紹介します。
2. こころとからだのケア
不眠・不安・抑うつ・フラッシュバックなどに対しては、症状に応じた薬物療法と、負担の少ない形での心理療法を組み合わせます。とくに PTSD では、安全と日常の安定が整ってから、ご本人のペースに合わせてトラウマの整理に取り組む形が基本です。無理にトラウマの話を早期から引き出そうとすることはしません。
3. 診断書と法的支援の連携
保護命令の申立て、離婚調停、職場への説明などの場面では、医師の診断書が重要な役割を果たします。ご本人が希望される場合、診療経過に応じて診断書の作成を行い、弁護士・行政・支援団体との連携の一翼を担います。
家族や周囲の方へ
ご家族・ご友人の様子を見て「DV を受けているかもしれない」と感じたとき、無理に問い詰めたり、別れるよう迫ったりすると、かえってご本人が孤立することがあります。「あなたは悪くない」「困ったらいつでも話を聞く」と伝え続けることが、何よりの支えになります。
- 本人の話を否定せず、最後まで聞く
- 「逃げればいい」と急かさず、ご本人のペースを尊重する
- 相談窓口(配偶者暴力相談支援センター、DV 相談+など)の情報をそっと伝える
- 連絡が取れる手段を複数確保しておく(監視されている可能性があるため)
- 子どもにとって安全な居場所を一緒に考える
ご家族自身も、状況を見ているだけで強い不安や疲労を感じることがあります。ご家族のほうが先に相談に来られても構いません。本人が動き出すまでの間、支援者側が燃え尽きないよう、一緒に工夫していきます。
早めに相談したいサイン
以下のようなサインがあれば、お一人で抱え込まずに相談してください。「まだ大丈夫」と我慢を続けるうちに、こころとからだの不調が長引いていくことが少なくありません。
- 相手の顔色をうかがい、家のなかで常に緊張している
- 眠れない、食べられない、めまいや頭痛が続く
- フラッシュバックや悪夢で日常生活が妨げられる
- 外に出るのが怖い、人と会いたくない
- 自分を責める気持ちが強く、死にたい気持ちがよぎる
- 子どもが落ち着かない、不登校・夜驚・退行などの変化がある
夜間や休日で医療機関につながりにくいときは、以下の窓口が利用できます。身の危険を感じる場合は、110 番(警察)をためらわずに利用してください。
- DV 相談+: 0120-279-889(24 時間対応)
- DV 相談ナビ: #8008(はれれば/最寄りの相談支援センターにつながる)
- 性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター: #8891(はやくワンストップ)
- いのちの電話: 0570-783-556
- よりそいホットライン: 0120-279-338
よくある質問
殴られていなくても DV になりますか?
はい。怒鳴る、無視する、人格を否定する、生活費を渡さない、行動を監視する、望まない性行為を迫るなども、すべて DV に含まれます。2024 年 4 月の法改正により、重篤な精神的被害を受けた場合も保護命令の対象になりました。「殴られていないから我慢するしかない」と思う必要はありません。
まだ別れる決心がつかなくても、相談していいですか?
もちろん問題ありません。相談に来たからといって、すぐに離婚や別居を決めなければならないわけではありません。「これは DV だろうか」「いまの不調は DV が原因だろうか」を整理するところから始められます。ご自身のペースで、選べる選択肢を一緒に増やしていきます。
保護命令を申し立てるには、必ず医師の診断書が必要ですか?
身体への暴力や脅迫が中心の場合は、警察や相談支援センターの記録が中心の根拠になります。一方、精神的被害が中心の保護命令(2024 年 4 月改正で対象拡大)では、通院治療を要する症状があることを示すために、医師の診断書が重要な役割を果たします。申立ての相談は、弁護士や配偶者暴力相談支援センターに先に行い、そこからの案内で診断書を依頼する流れがスムーズです。
子どもへの影響が心配です
DV が行われている家庭で育つ子どもは、直接の身体的暴力を受けていなくても、発達や情緒に影響が出ることが分かっています(面前 DV による心理的虐待)。落ち着かなさ、夜驚、退行、不登校、体の不調として現れることもあります。母子保健・児童相談・スクールカウンセラーなど、子ども側の支援窓口を早めに合わせて活用することが望まれます。
まとめ
DV は、配偶者・恋人という親密な関係のなかで起こる人権侵害です。殴る行為だけでなく、怒鳴る、無視する、生活費を握る、同意のない性行為など、さまざまな形で現れます。悪いのは加害者であって、あなたは悪くありません。こころとからだに生じた不調は、恐怖と緊張を耐え続けてきた正直な反応です。2024 年 4 月の法改正で、重篤な精神的被害も保護命令の対象に広がりました。医療と行政、支援団体が役割分担をしながらあなたを支えます。一人で抱え込まず、まずは一つの窓口につながってください。

