「薬を飲み始めてから、性的な感覚が変わった気がする」。こころの不調で向精神薬を服用している方の中には、そう感じる方が少なくありません。性欲が湧かなくなった、パートナーとの関係がぎこちなくなった。けれども恥ずかしさから主治医に伝えられず、ひとりで悩んでいる方もいらっしゃいます。
こうした変化には、「病気そのものによる影響」と「薬の作用による影響」の2つがあります。この記事は後者、すなわち薬剤性の性機能への影響に焦点を当てます。どのような仕組みで起きるのか、どの薬で出やすいのか、服薬をやめた後も続く場合があること、そして主治医との相談でできる対処の選択肢をわかりやすくお伝えします。なお、うつ病という病気そのものによる性欲・快感の変化については、うつ病と性機能障害の記事で詳しく解説しています。
- 薬を飲み始めてから性欲が低下した
- 性行為のときに身体が反応しにくくなった
- オルガズムに達しにくい、または感じにくくなった
- パートナーとの関係に影響が出ているが、相談できずにいる
- 副作用がつらくて薬をやめたいと思っている
上のような変化に心当たりがあれば、この記事がお役に立てるかもしれません。性機能の変化は薬の作用によるものであり、ご自身の問題ではありません。まずは正しい知識を得ることが、解決への第一歩です。
どのような症状がみられるのか
向精神薬による性機能の変化は、大きく分けて3つの段階で現れます。男性にも女性にも起こりえます。
性欲の低下
性的な関心や欲求そのものが薄れる変化です。「以前は自然に湧いていた気持ちが、いつの間かなくなった」と感じる方が多くいらっしゃいます。パートナーへの気持ちが変わったのではなく、薬の作用による変化であることがほとんどです。
身体の反応の変化
男性では勃起が起きにくくなったり、維持しにくくなることがあります。女性では、性的な刺激に対する身体の反応が弱くなり、潤いが不足することがあります。いずれも、薬の影響で血流や神経の働きが変化するために起こります。
オルガズムの変化
オルガズムに達するまでに時間がかかる、まったく達しにくくなる、あるいは快感が薄れるといった変化です。男性の射精が遅れる、または起きにくくなることもあります。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)で特にみられやすい変化です。
その他の変化
まれに、男性で長時間勃起が持続する状態が起きることがあります。痛みを伴い、緊急の対応が必要です。女性では月経の乱れや乳汁の分泌がみられることがあります。これらは特定の薬との関連が指摘されています。
なぜ薬で性機能が変化するのか:3つの主な経路
性機能は、脳と身体のさまざまな仕組みが連携して成り立っています。向精神薬がこの仕組みに影響を及ぼすことで、性機能の変化が生じます。薬剤性の変化には主に3つの経路があります。
セロトニンの増加
抗うつ薬の多くは、脳内のセロトニンという物質を増やすことで気分を安定させます。しかし、セロトニンが増えると、性欲やオルガズムを抑える方向にも働くことがわかっています。セロトニン系の受容体(5-HT₂ 受容体)が性的な抑制に関わっており、これが SSRI をはじめとする抗うつ薬で性機能の変化が多い主な理由です。一方、ドパミン神経系はセロトニンの増加によって間接的に抑制されるため、快感や意欲の低下にもつながります。
ドパミンの抑制
ドパミンは、意欲や快感に関わる物質です。性的な興味・オルガズムにも深く関わっています。抗精神病薬の多くはドパミン受容体(D₂ 受容体)を遮断することで幻覚や妄想を抑えますが、同じ作用が性欲や性的興奮の低下を引き起こします。抗精神病薬による性機能の変化の根幹にある経路です。
プロラクチンの上昇
一部の抗精神病薬はプロラクチンというホルモンを増やします。本来、ドパミンはプロラクチンの分泌を抑えているため、ドパミン遮断が強い薬ではプロラクチンが上昇しやすくなります。プロラクチンが高くなると、性ホルモン(テストステロン・エストロゲン)の分泌が抑えられ、性欲の低下や身体の反応の変化につながります。女性では月経の乱れや乳汁分泌、男性では性欲の減退として現れることがあります。
そのほかの経路
一部の薬は、自律神経のバランスや末梢の血流にも作用します。勃起や膣の潤いには血管の拡張が必要ですが、薬の作用でこの反応が弱まることがあります。また、抗コリン作用(口の渇きや便秘と同じ仕組み)が関係することもあります。
影響が出やすい薬と出にくい薬
向精神薬の中でも、性機能への影響の出やすさは薬ごとに大きく異なります。薬剤の詳しい特性や使い分けについては、それぞれの専門記事をご覧ください。
大まかな傾向として、SSRI では服用者の約3〜7割に何らかの性機能の変化が報告されており、向精神薬の中で最も頻度が高いグループとされています(Montejo et al., 2019)。パロキセチンはセロトニンへの作用が特に強く、性機能への影響が出やすい傾向があります。一方、ミルタザピンやボルチオキセチンはセロトニン受容体への作用の仕方が異なるため、比較的影響が少ないとされています。
抗精神病薬では、プロラクチンを強く上昇させるリスペリドン・パリペリドン・ハロペリドールで影響が出やすく、アリピプラゾールはプロラクチンをむしろ低下させる性質を持つため影響が少ないことが知られています。気分安定薬のうちラモトリギンは、性機能への影響が最も少ないとされています。
性機能の変化は、薬の「効きすぎ」でも「合っていない」のでもなく、脳と身体に対する薬の作用の一部として起きるものです。自己判断で薬を減らしたり中止したりせず、主治医に相談することが大切です。
薬をやめた後も症状が残ることはあるのか
SSRI を中心とした一部の抗うつ薬では、服用を中止した後にも性機能の変化が長く続くケースが報告されています。この状態は、欧州の医薬品規制機関(EMA)でも安全性情報として注意喚起がなされており、2019年には添付文書への記載が義務付けられました(Cosci & Chouinard, 2020)。
具体的には、性欲の低下・オルガズムの変化・性器の感覚の鈍化などが、薬の中止後も数か月以上にわたって続く例が国際的に報告されています。メカニズムはまだ十分に解明されていませんが、薬の長期使用による神経伝達系や受容体の変化が関わっていると考えられています。研究が進められている段階であり、一人で不安を抱え込む必要はありません。
薬を中止しても性機能が戻りにくいと感じる場合は、自己判断で対処しようとせず、主治医に相談してください。原因の評価と対応の検討が可能です。
対処の選択肢
薬による性機能の変化は、主治医と一緒に対処できる問題です。いくつかの段階に分けて、改善に向けた方法を検討していきます。
1. まず主治医に伝える
最も大切なのは、性機能の変化を主治医に伝えることです。話しにくいテーマですが、精神科医にとっては日常的に扱う副作用のひとつです。伝えていただくことで、対処の選択肢が広がります。「性欲が落ちた」「身体の反応が変わった」といった簡潔な表現で十分です。
2. 薬の用量を調整する
性機能の変化は、薬の量に比例して起きることが多いとわかっています。治療効果を保ちながら少しずつ用量を減らすことで、改善が得られる場合があります。自己判断での減薬は症状の悪化につながるため、必ず主治医の指示のもとで行います。
3. 影響の少ない薬への変更を検討する
同じ効果を持つ薬の中にも、性機能への影響が出にくいものがあります。抗うつ薬であればミルタザピンやボルチオキセチンへの変更、抗精神病薬であればアリピプラゾールやクエチアピンへの変更、気分安定薬であればラモトリギンへの変更などが選択肢です。ただし、現在の薬で状態が安定している場合、変更にはリスクも伴うため、主治医と慎重に相談します。
4. 補助的な治療を追加する
現在の薬を変えずに、性機能の改善を目的とした治療を追加する方法もあります。男性の勃起の問題に対しては、泌尿器科で使われる薬が有効な場合があります。また、一部の薬を少量追加することで、セロトニンの影響を和らげる工夫も研究されています。
5. 身体の病気や他の薬の影響も確認する
糖尿病・高血圧・脂質異常症などの身体の病気や、降圧薬などの内科の薬も性機能に影響することがあります。向精神薬だけが原因とは限らないため、必要に応じて内科・泌尿器科・婦人科と連携しながら評価を進めます。
「薬を続けるか、性生活を取るか」の二択ではありません。用量の調整、薬の変更、補助的な治療など、複数の選択肢があります。主治医と率直に話し合うことが、改善への近道です。
病気そのものの影響について
性機能の変化は、薬の影響だけでなく、こころの病気そのものによっても起こります。たとえばうつ病では、気分の落ち込みや意欲の低下が性欲や快感に直接影響します。薬剤性か病気由来かを見分けることは、治療の方針を立てるうえで大切なポイントです。詳しくはうつ病と性機能障害をご覧ください。
家族や周囲の方へ
パートナーや家族の方が、本人の性機能の変化に気づくことがあります。その変化は薬の副作用であり、気持ちの冷めや愛情の欠如ではありません。本人が話しにくいテーマであることを理解し、責めずに受け止める姿勢が大きな支えとなります。
「無理をしなくていい」「一緒に先生に相談してみよう」という言葉は、本人の安心につながります。性機能の変化は生活の質に直結するため、ふたりの問題として一緒に向き合う姿勢が回復を支えます。
また、性機能の悩みがきっかけで本人が自己判断で薬をやめてしまうことがあります。薬の急な中断は病状の悪化を招くおそれがあるため、主治医に相談するよう穏やかに促してください。
早めに相談したいサイン
以下のような変化がある場合は、次の診察を待たずに主治医に相談してください。
- 薬を飲み始めてから、性的な関心がまったくなくなった
- 性機能の変化がつらくて、服薬を続ける気持ちが保てない
- パートナーとの関係に深刻な影響が出ている
- 薬を自己判断で減らしたり中止したりしてしまった
- 男性で長時間勃起が続いて痛みがある(緊急の対応が必要です)
- 性機能の変化に加えて、気分の落ち込みや自分を責める気持ちが強まっている
副作用のつらさを我慢して薬を続けるよりも、主治医に率直に伝えることで、より良い治療の形を一緒に探すことができます。
副作用の悩みが積み重なり、気持ちが追い詰められていると感じるときは、以下の相談窓口もご利用いただけます。
- いのちの電話: 0570-783-556
- よりそいホットライン: 0120-279-338
よくある質問
性機能の変化は薬をやめれば必ず治りますか?
多くの場合、薬の中止や変更により性機能は回復に向かいます。ただし、回復にかかる時間には個人差があり、数週間で戻る方もいれば、しばらく時間が必要な方もいます。ごくまれに、中止後も症状が長引くケースが報告されています。いずれにしても、主治医と一緒に経過を見守ることが大切です。
性機能に影響が少ない薬に変えてもらうことはできますか?
同じ効果を持つ薬の中で、性機能への影響が少ないものに変更できる場合があります。ただし、現在の薬で症状が安定している場合、変更には慎重な判断が必要です。主治医に「性機能の変化が気になっている」と伝えていただくことで、選択肢を一緒に検討できます。
恥ずかしくて主治医に言えません。どう切り出せばよいですか?
「薬の副作用で気になっていることがある」という一言から始めていただければ十分です。精神科医にとって性機能の副作用は日常的に対応するテーマであり、恥ずかしがる必要はありません。もし口頭で言いにくければ、メモに書いて渡す方法もあります。伝えていただくことが改善の出発点です。
こころの病気そのものが原因で性機能が低下することはありますか?
はい、あります。うつ病(抑うつ症)では、性欲の低下や快感の減退が症状の一部として現れることがあります。薬の影響か病気の影響かを見分けるために、治療を始める前の状態と比較しながら評価を進めます。詳しくはうつ病と性機能障害をご覧ください。
まとめ
向精神薬による性機能の変化は、多くの方が経験しうる副作用です。主な仕組みはセロトニンの増加(抗うつ薬)、ドパミンの抑制(抗精神病薬)、プロラクチンの上昇(一部の抗精神病薬)の3つです。SSRI をはじめとする抗うつ薬で頻度が高い一方、薬によっては影響が少ないものもあります。また、服薬中止後も症状が続くケースが報告されており、自己判断ではなく主治医への相談が大切です。
薬の用量を調整する、影響の少ない薬に変更する、補助的な治療を追加するなど、改善に向けた選択肢は複数あります。大切なのは、つらさを我慢して黙って薬を続けるのではなく、主治医に相談して一緒に対処法を探ることです。
性機能の健康は、生活の質の大切な一部です。遠慮なく主治医にご相談ください。当院でも、患者さんと相談しながら、治療効果と生活の質のバランスを一緒に考えてまいります。
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参考文献
- 厚生労働省「医薬品に関する情報」
- 国立精神・神経医療研究センター こころの情報サイト
- 日本精神神経学会
- Montejo AL, et al. Antidepressant-Induced Sexual Dysfunction: Profile, Effects on Quality of Life and Treatment Options. Adv Ther. 2019.
- Cosci F, Chouinard G. Post-SSRI Sexual Dysfunction and Other Enduring Sexual Dysfunctions. Epidemiol Psychiatr Sci. 2020.
- WHO International Classification of Diseases 11th Revision (ICD-11)

