
性機能の悩みは、とても大切なテーマであるにもかかわらず、診察室では話題にしにくい症状のひとつです。銀座泰明クリニックでも、治療が始まってしばらく経ってから、ようやく「実は……」と相談される方が少なくありません。しかし、うつ病そのものでも、治療に使う薬でも、性欲や性的な反応に変化が出ることはあります。恥ずかしいことでも、珍しいことでもありません。
うつ病では、気分の落ち込みだけでなく、食欲・睡眠・意欲など、生活の土台にかかわる機能が全体として低下しやすくなります。そのなかには性欲の低下も含まれます。国立精神・神経医療研究センターの一般向け情報でも、うつ病に伴う身体のサインのひとつとして「性欲がない」ことが挙げられています。つまり、性機能の変化は「気のせい」ではなく、病気の経過の一部として起こりうるものです。
- 性欲がわかない、性的なことを考えにくい
- 興奮しにくい、途中で反応が途切れる
- オーガズムに達しにくい、遅れる、感じにくい
- 男性では勃起しにくい、維持しにくい、射精しにくい
- 女性では潤いが出にくい、性交時に痛みや不快感が出やすい
- 性行為そのものに不安や嫌悪感が強くなる
性機能の変化は、本人の努力不足でも、愛情が失われたわけでもありません。うつ病の症状の一部、または治療の副作用として説明できる現象です。診察で一言伝えていただければ、そこから整理を始めることができます。
うつ病と性機能の関係
うつ病になると、何をしても楽しめない、気持ちが動かない、体が重い、眠れない、あるいは眠りすぎるといった変化が起こります。こうした状態では、性欲が低下したり、性的な場面で気持ちが向きにくくなったりすることがあります。気分の回復とともに自然に改善することもありますが、病状が長引くと性機能の問題も長引きやすくなります。
一方で、抗うつ薬、とくに選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やSNRIでは、性機能に影響が出ることがあります。代表的な副作用としては、性欲の減退、オーガズムの遅延や欠如、勃起障害、射精遅延、膣潤滑の低下などが知られています。これらは気分が改善してきたあとも残ることがあるため、「病気のせいなのか、薬のせいなのか分からない」と感じやすいのが実際です。
さらに、抗うつ薬による性機能の影響は、ほかの副作用よりも医師に報告されにくいことが知られています。そのため対処が遅れ、服薬がつらくなって自己判断で中断してしまう方もいます。自己中断はうつ症状の再燃や離脱症状につながりかねないため、まずは診察室で話してみることが大切です。
どのような変化が起きるのか
性機能の変化は、ひとつだけ起こることもあれば、いくつかが重なって起こることもあります。男性では勃起や射精の問題が目立ちやすく、女性では潤滑や性交痛、オーガズムに達しにくさが出やすい傾向がありますが、「性的なことを考えたくない」「相手に触れたくない」といった気持ちの変化は性別を問わず生じます。
本人にとっては深刻でも、パートナーには伝えにくく、関係のすれ違いにつながることがあります。「愛情がなくなったのでは」と誤解されると、さらに自己評価が下がり、うつ症状が悪化する悪循環にもつながりえます。だからこそ、症状の中身を整理し、必要ならパートナーとも情報を共有していくことが、治療と同じくらい重要になります。
うつ病自体による変化と薬の影響
性機能障害をみたとき、原因はひとつとは限りません。うつ病や抗うつ薬の影響に加えて、生活習慣や身体疾患、ほかの薬の影響が重なることは珍しくありません。代表的な要因を挙げます。
- 身体疾患:糖尿病、高血圧、心血管疾患、甲状腺機能低下、テストステロン低下、神経疾患など
- 薬の影響:抗うつ薬(SSRI/SNRI、三環系)、降圧薬、一部の抗精神病薬など
- 生活要因:過度の飲酒、喫煙、睡眠不足、疲労、慢性的なストレス
- 心理・関係要因:パートナーとの関係、過去のつらい体験、自己評価の低下
- 加齢:年齢に伴う自然な変化
SSRI/SNRI は性機能に影響しやすい一方、ミルタザピンやボルチオキセチンは比較的影響が出にくい薬として知られています。海外ではブプロピオンも代替候補ですが、日本では抗うつ薬としては未承認です。三環系抗うつ薬でも、抗コリン作用などにより勃起や射精の問題が出ることがあります。
そのため、「うつ病だから仕方ない」「薬のせいに違いない」と早合点せず、いつから始まったか、薬を飲む前からあったか、どの症状が一番困るかを整理することが大切です。原因の見立てがずれると、治療の方向もずれてしまいます。
診察でどう相談すればよいでしょうか
性のことは言いにくい話題ですが、医療者にとっては珍しい相談ではありません。むしろ、話せないまま我慢しているうちに服薬がつらくなって自己判断で中断してしまうことのほうが心配です。次のような伝え方なら、比較的相談しやすいかもしれません。
- 「薬を飲み始めてから、性欲がかなり落ちました」
- 「気分は少し良くなったのに、性機能の問題が続いています」
- 「薬のせいなのか、病気のせいなのかを一緒に整理したいです」
- 「パートナーとの関係にも影響が出てきました」
こうした伝え方で十分です。必要があれば、医師は薬の種類、用量、うつ症状の経過、身体の病気、生活習慣、パートナーとの関係などを整理して、原因の見立てを一緒に行います。恥ずかしさを感じて当然の話題ですが、遠慮して治療の選択肢を狭める必要はありません。
治療の基本
性機能障害がつらいと、「もう薬をやめたい」と感じることがあります。しかし、抗うつ薬を急に減らしたり中止したりすると、うつ症状の再燃や離脱症状につながることがあります。まず大切なのは、自己判断で中止しないことです。そのうえで、次のような順序で整理していきます。
1. 待機と経過観察
うつ症状がまだ十分に改善していない段階では、気分の回復とともに性機能の問題も落ち着くことがあります。そのため、すぐに薬を動かすのではなく、しばらく様子をみるという判断が適切なこともあります。服薬開始から日が浅い場合や、生活リズムが安定していない時期も同様です。
2. 薬の調整
うつ症状が落ち着いていて副作用が主な問題なら、用量の調整や、性機能への影響が比較的少ない薬への変更を検討します。具体的には、ミルタザピンやボルチオキセチンへの切り替えが候補となることがあります。変更は一度に行うのではなく、離脱症状や再燃を防ぐために時間をかけて進めます。睡眠薬や抗不安薬など併用薬の見直しも、同じタイミングで行います。
3. 補助的なアプローチ
男性の勃起の問題に対しては、状態に応じてPDE5阻害薬(シルデナフィルなど)が検討されることがあります。ただし心血管疾患や使用中の薬との相互作用があるため、泌尿器科や内科と連携したうえで処方を判断するのが安全です。女性の潤滑や性交痛の問題では、婦人科的な評価が必要になることもあります。
あわせて、身体疾患や生活習慣の評価(糖尿病、高血圧、喫煙、飲酒、睡眠不足など)、パートナーとの関係の整理、不安や自己評価の低下に対する心理的支援も並行して行います。どの方法が適しているかは、うつ病の重さ、これまでの再発歴、現在の薬、性生活で何が一番困っているかによって変わります。
個人輸入や我慢で済ませないでください
性機能の問題は、プライドや関係性に深く関わるため、一人で抱え込みやすい悩みです。その結果、受診を避けてしまったり、インターネットを通じて海外から薬を取り寄せたくなったりすることもあります。しかし、個人輸入で入手したED治療薬には偽造品や粗悪品が多く、重大な健康被害が報告されています。医薬品医療機器総合機構(PMDA)や厚生労働省も、個人輸入薬による健康被害のリスクを繰り返し注意喚起しています。
また、PDE5阻害薬は心血管系のリスクや飲み合わせの問題があり、医師の評価なしに使うべき薬ではありません。性機能障害の背景には、ときに糖尿病や心血管疾患など全身の病気が隠れていることもあります。自己流の対処は、そうした病気を見落とす危険もあります。
うつ病の治療を続けながら性機能の問題にも向き合うには、「気分はよくなってきたが、性機能のことで困っている」と率直に伝えることが第一歩です。症状の中身をきちんと整理し、病気の影響なのか、薬の影響なのか、ほかの身体的・心理社会的要因が重なっているのかを見極めれば、対処の選択肢は広がります。
家族・パートナーの方へ
性機能の変化は、本人だけでなくパートナーにとってもつらい出来事です。「自分に魅力がなくなったのだろうか」「愛情が冷めたのでは」と感じてしまうこともあるかもしれません。しかし、うつ病や治療薬の影響による性機能の変化は、相手の感情とは別のところで起こっている現象です。ご本人も、口にしにくい苦しさを抱えていることが多いものです。
できれば、責めたり問い詰めたりせず、病気と薬の両面から起きていることとして受けとめ、診察に一緒に行く選択肢も視野に入れてみてください。同伴受診は強制ではありませんが、医師から薬の影響や治療の方向を説明できるため、誤解の解消に役立つことがあります。パートナーの方自身がつらさを抱え込まないことも、同じくらい大切です。
早めに相談したいサイン
- 薬を始めてから、性機能の変化がはっきり出てきた
- 性機能の問題のために服薬をやめたくなっている、または自己判断で減らしている
- 気分は改善してきたのに、性機能の問題だけが続いている
- パートナーとの関係がぎくしゃくしてきた、誤解が積もっている
- 勃起不全や射精障害だけでなく、胸痛、息切れ、強い疲労感など身体症状もある
- 個人輸入薬や知人から譲り受けた薬の使用を考えている
- 気分の落ち込みや希死念慮が強くなっている
性機能障害は、心と体の両方にまたがるテーマです。だからこそ、恥ずかしさだけで後回しにせず、治療の一部として相談してください。希死念慮や「もう限界」という気持ちが強いときは、受診を待たず、いのちの電話(0570-783-556)や、よりそいホットライン(0120-279-338)にご連絡ください。
よくある質問
副作用がつらいので、薬を自分でやめてもよいですか?
自己判断での中止はおすすめできません。抗うつ薬を急に減らしたり止めたりすると、めまい・吐き気・不安・不眠などの離脱症状や、うつ症状の再燃が起こりやすくなります。つらさを感じたら、まず主治医に伝えてください。用量の調整や、性機能への影響が比較的少ない薬への切り替えなど、選択肢はいくつもあります。
気分がよくなれば、性機能も自然に戻りますか?
戻る方もいますが、全員ではありません。うつ病そのものによる変化なら、回復とともに改善しやすい傾向があります。一方、薬の副作用が主な要因なら、気分が安定したあとも残ることがあります。「病気の影響か、薬の影響か、別の要因か」を医師と一緒に整理すると、次の一手が見えやすくなります。
PDE5阻害薬は精神科で処方してもらえますか?
PDE5阻害薬は、心血管疾患や併用薬との相互作用があるため、泌尿器科や内科と連携したうえで処方を判断するのが安全です。当院では、必要に応じて他科受診をご案内します。インターネットでの個人輸入は、偽造品や粗悪品のリスクがあるため避けてください。
まとめ
うつ病そのもの、そして SSRI/SNRI などの抗うつ薬では、性欲や性的反応に変化が出ることがあります。恥ずかしさや自己判断で服薬を中断すると、うつ症状の再燃や離脱症状につながりかねません。大切なのは、自己中断せず、病状や薬の影響、身体疾患、生活習慣、パートナーとの関係などを一緒に整理し、病状に応じて待機・経過観察/薬の調整/補助的なアプローチを選び分けていくことです。診察室で「性機能のことで困っている」と一言伝えていただければ、そこから選択肢を広げていくことができます。

