「最近、わけもなく涙が出る」「眠れない夜が続く」「ささいなことでイライラしてしまう」。40代後半から50代にかけて、こうしたつらさを抱える方が増えます。多くの場合、その背景には女性ホルモンの大きな変化があります。更年期は卵巣の働きがゆるやかに低下する時期で、ホルモンの揺らぎは身体だけでなく、こころにも強く影響します。
この時期には、抑うつ、不眠、不安が現れやすくなるだけではありません。もともと持っていたこころの不調が悪化したり、これまで経験のなかった症状が新たに出てきたりすることもあります。「更年期だから仕方ない」と一人で抱え込む必要はありません。更年期にともなうこころの不調の多くは、医療と支援によってやわらいでいきます。
本記事では、更年期と関わりが深い3つのこころの不調、すなわち抑うつ症(うつ病)、双極症(躁うつ病)、統合失調症について、患者さんとご家族に向けて解説します。気になる症状があるときに、どう受けとめ、どこに相談すればよいかの目安にしていただければ幸いです。
- 気分が落ち込み、何をしても楽しめない日が続いている
- 寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚めてしまう
- ささいなことでイライラする、涙もろくなった
- 集中力や記憶力が落ち、仕事や家事が思うように進まない
- 強い不安、動悸、息苦しさが続いている
- ホットフラッシュや夜間の発汗で、生活に支障が出ている
更年期にともなうこころの不調とは
更年期とは、閉経をはさんだ前後10年ほどの時期を指します。日本人女性の平均閉経年齢はおよそ50歳前後で、おおむね45歳から55歳ごろが更年期にあたります。この時期には、卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンが大きく揺らぎ、やがて減っていきます。
エストロゲンは生殖機能だけでなく、脳の働きにも深く関わっています。気分や睡眠、不安の調整に関わる神経伝達物質のバランスを支えているため、ホルモンの変動は、こころの状態にもそのまま反映されます。
「更年期うつ」は、医学的な診断名そのものというより、更年期にあらわれる抑うつ状態をさす言葉として広く使われています。中身としては、抑うつ症(うつ病)と重なる状態であることが多く、医療の対象となる治療可能なつらさです。「年齢のせい」と片付けるのではなく、つらさが続いているなら、早めにご相談ください。
あらわれやすい症状
更年期には、身体面とこころの両面に症状が現れます。互いに影響し合い、重なって出ることが特徴です。
- 身体の症状: ホットフラッシュ(のぼせ、ほてり)、夜間の発汗、寝つきの悪さ、中途覚醒、動悸、めまい、頭痛、関節のこわばり、疲れやすさ
- こころの症状: 気分の落ち込み、興味や喜びの低下、イライラ、焦り、不安、緊張、集中力や記憶力の低下、自信のなさ、自責感
たとえば、ホットフラッシュで夜中に何度も目が覚めるたびに、眠りが浅くなります。翌日は気分が沈み、集中力も落ちます。こうした悪循環が続くと、こころの不調が長引きやすくなります。
なぜ更年期にこころの不調が起きるのか
エストロゲンは、脳の中で多面的にはたらくホルモンです。気分、認知、ストレス反応に関わる神経伝達物質を、広い範囲で調整しています。脳の前頭前野や海馬、扁桃体、視床下部など、こころの働きの中心となる領域で、エストロゲンの受け取り口が高い密度ではたらいています。
具体的には、次のような働きが知られています。
- 気分の安定に関わるセロトニンの調節を支える
- 意欲や報酬感に関わるドーパミンの働きを整える
- 覚醒や注意に関わるノルアドレナリンを調節する
- 不安をやわらげる抑制系(GABA系)の働きを支える
- 神経細胞を保護し、ストレスに対する脳の備えを支える
更年期には、これらの働きの基盤となるエストロゲンが、不規則に揺れながら減っていきます。そのため、気分が揺れやすくなり、不安や不眠が起きやすくなります。身体面でもストレスホルモンへの反応が強く出やすくなり、こころに余裕がなくなります。
敏感さには大きな個人差がある
ホルモンの変化に対する敏感さには、大きな個人差があります。強いつらさが出る方もいれば、ほとんど自覚しない方もいます。「同じ年代の人が大丈夫だから自分も大丈夫」とは限りません。つらさの程度は、その方ごとに評価することが大切です。
ライフイベントの重なりも影響する
ホルモンの変化と並んで、生活上の出来事も大きく影響します。子どもの独立、親の介護、配偶者との関係の変化、職場での役割の変化、健康への不安、外見の変化への戸惑い。これらが重なる時期でもあるため、こころの負担が増えやすくなります。生物学的な変化と心理社会的な負担が重なるところに、更年期のこころの不調の難しさがあります。
抑うつ症(うつ病)と更年期
更年期にとくに起きやすいこころの不調が、抑うつ症(うつ病)です。大規模な研究から、閉経が近づく時期の女性は、それ以外の時期と比べて、有意なうつ症状が出やすいことがわかっています。過去にうつ病の経験がない方でも、この時期に初めて発症することがあります。
更年期に出るうつ症状の特徴
- イライラや焦りが前面に出やすい: 悲しみよりも、怒りっぽさや焦燥感が主な訴えとなることがあります
- 身体症状と気分の不調が重なって悪化する: ホットフラッシュ、夜間発汗、不眠が、抑うつをさらに強めます
- 集中力や記憶力の低下が目立つ: 「認知症ではないか」と心配される方も少なくありません
- 自分らしさの揺らぎを伴う: 役割の変化や外見の変化が、自尊心の低下につながります
- 不安症状を併発しやすい: 動悸、息苦しさ、健康への過剰な心配が抑うつに重なります
リスクが高まりやすい方
- 過去にうつ病の経験がある
- 月経前にとくに気分が不安定になりやすかった
- 産後にうつ症状を経験したことがある
- 強いホットフラッシュや慢性的な不眠がある
- 介護や離別など、重大なライフイベントが重なっている
これらに当てはまる方は、ご自身のこころの変化に気づきやすいよう、心身の状態を時々振り返ることが助けになります。気になる変化が2週間以上続くなら、ご相談ください。
双極症(躁うつ病)と更年期
双極症(躁うつ病)は、気分が高ぶる時期と、深く落ち込む時期を繰り返す病気です。有病率は男女でほぼ同じとされていますが、女性のほうが、うつ状態の比率が高い傾向があります。月経前、産後、更年期など、女性ホルモンが変動する時期に症状が悪化しやすいことが知られています。
更年期に起きやすい変化
- うつ状態が長引いたり、重くなったりする: 周閉経期の双極症の方の多くが、うつ症状の悪化を経験すると報告されています
- 気分の波が短い間隔で繰り返されやすくなる: 年に4回以上のエピソードが出ることがあります
- 「混合状態」が出やすい: 落ち込みと焦り、高ぶりが同時に強く出る状態で、自殺リスクがとくに高まります
- 夜間発汗や中途覚醒で睡眠が乱れ、気分の波が不安定になる: 睡眠の乱れは、双極症の再発の強い引き金です
抑うつ症と見分けたい点
更年期に初めてうつ症状が出た方でも、双極症の可能性を念頭に置くことが重要です。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬を単独で使うと、双極症の方では気分の高ぶりや混合状態を悪化させる可能性があります。そのため、初診時には次のような点を確認します。
- 双極症の家族歴がある(とくに親、きょうだい、子)
- 若いころからうつエピソードを繰り返してきた
- 過去に「眠らなくても元気で多弁になる」時期があった
- 産後に気分が大きく不安定になったことがある
- 抗うつ薬を飲んで焦りやイライラが強くなった経験がある
これらが当てはまる場合は、診察の場で必ず医師にお伝えください。治療方針が大きく変わります。
統合失調症と更年期
統合失調症は、考えや感覚のまとまりが失われ、幻聴や妄想などが現れる病気です。発症のピークは男女で異なり、女性では若年期に加えて、45〜54歳ごろの更年期に第二の発症ピークがあることが知られています。
これは「エストロゲン保護仮説」として説明されてきました。エストロゲンには、ドーパミン系の働きを穏やかに整え、神経を保護する作用があります。更年期にエストロゲンが減ると、この保護がゆるみ、症状の発症や悪化が起きやすくなる、という考え方です。
更年期に発症する場合の特徴
- 幻聴(自分を非難する声など)や被害的な妄想が前面に出やすい
- 意欲低下や感情の鈍さは、若年発症と比べると軽いことが多い
- 全体的な認知機能は比較的保たれていることが多い
- 発症前の社会生活が安定していたケースが多い
すでに統合失調症と診断されている方の場合
若い頃から治療を続けてきた方が更年期を迎えると、それまで安定していた症状が再び動き始めることがあります。
- 安定していた幻覚や妄想が再燃しやすくなる
- これまでの薬の量では症状の調整が難しくなる
- 抑うつや意欲低下が目立ち、社会的な活動が減る
- 抗精神病薬の代謝への影響(体重増加、血糖や脂質の変化、骨密度の低下)にいっそう注意が必要
ほかに考えたい状態
更年期に初めて精神病症状が出た場合、統合失調症と診断する前に、次のような状態を見分けることが重要です。
- 脳血管障害、てんかん、自己免疫性脳炎など、脳の身体的な要因
- 認知症の初期(レビー小体型では幻視が出やすい)
- 甲状腺機能の異常などの内分泌の病気
- ステロイドなど薬剤による影響
- 重いうつ病に伴う妄想症状、双極症に伴う精神病症状
このため、頭部の画像検査や血液検査などをあわせて行い、慎重に評価します。
関連する疾患
更年期にあらわれるこころの不調は、複数の疾患と関わります。ひとつだけを見るのではなく、重なりあう状態を一緒に評価することが大切です。下の疾患名はそれぞれ、より詳しい解説ページに進めます。
- 抑うつ症(うつ病): 周閉経期にもっとも起きやすいこころの不調です。気分の落ち込み、興味の喪失、不眠、自責感などが続きます。
- 双極症(躁うつ病): 気分の波が、うつ状態と高揚状態の間で揺れ動きます。更年期には、うつ状態の長期化や、波の頻度の増加が起こりやすくなります。
- 統合失調症: 幻聴や妄想を主な症状とする病気で、女性では更年期に第二の発症ピークがあります。
- 不安症: 強い不安、緊張、動悸、息苦しさが続く状態で、更年期のホルモン変動でも引き起こされやすくなります。
- パニック症: 突然の動悸や息苦しさの発作と、また起きるのではという予期不安が続く状態です。
- 不眠症: ホットフラッシュや夜間発汗による中途覚醒が、慢性的な不眠に発展することがあります。
- 自律神経失調症: のぼせ、動悸、めまい、発汗などの自律神経症状が、こころの不調と重なって現れることがあります。
治療の基本
更年期にともなうこころの不調の治療は、お一人おひとりの状態に合わせて、複数の柱を組み合わせて進めます。ホルモンの変動、身体症状、こころの症状、生活上の課題のどれが大きく影響しているかを丁寧に整理し、優先順位をつけて取り組みます。
1. 安全の確保と全身の評価
強い落ち込みや、死にたいという気持ち(希死念慮)、混合状態がある場合には、まず安全を確保し、医療チームで支える体制をつくります。あわせて、甲状腺機能の低下など、こころの不調を引き起こす身体的な要因がないかを、初期の段階で確認します。
2. 心理療法
心理療法は、症状の理解を深め、気分や考え、行動のつながりを整理することを助けます。更年期に向けては、いくつかの方法が知られています。
- 認知行動療法: 気分や考え、行動のつながりを整理し、悪循環を見直すことを目指します。更年期では、「自分らしさの揺らぎ」「役割の変化」といった主題を扱うことがあります。ホットフラッシュへの対処法を含むプログラムもあります。
- 対人関係療法: 人生の移行期における人間関係の課題を整理する際に役立ちます。
- マインドフルネスにもとづく心理療法: 抑うつの再発予防に有効とされています。
3. 薬物療法
- 抗うつ薬: 抑うつ症の治療では、SSRIなどが第一選択として使われます。一部の薬は、ホットフラッシュの軽減効果も期待できます。効果を実感するまでに4〜6週間かかることが多く、自己判断で中断せずに続けることが大切です。
- 気分安定薬: 双極症の方には、リチウムやラモトリギンなどの気分安定薬が中心となります。気分の波を抑え、再発を予防します。腎機能や甲状腺機能の定期的な検査を行います。
- 抗精神病薬: 統合失調症の方には、抗精神病薬を年齢や全身状態に合わせて調整します。代謝への影響、骨密度、心電図の変化に注意し、定期的に確認します。
- ホルモン補充療法: 婦人科で行われるホルモン補充療法は、ホットフラッシュや不眠を改善し、抑うつ症状の軽減にも寄与することがあります。乳がんや血栓のリスクを評価したうえで、個別に判断します。
ホルモン補充療法は、強い身体症状を介して気分が悪化している方に有効なことがあります。一方、抑うつ症や双極症がはっきりしている場合には、ホルモン補充療法だけでは十分でなく、抗うつ薬や気分安定薬と組み合わせる方針が現実的です。精神科と婦人科の連携のもとで方針を決めることが大切です。
4. 生活面のサポート
- 睡眠リズムを整える(就寝・起床時刻を一定にする、寝室の温度や光を調整する)
- 適度な有酸素運動を続ける(週合計150分程度が目安)
- バランスのとれた食事をとる(野菜、魚、豆類を中心に)
- カフェインや就寝前のアルコールを控える
- 信頼できる人とのつながりを大切にし、孤立を避ける
5. 多職種・診療科間の連携
更年期のこころの不調は、ひとつの診療科だけで完結することが難しい状態です。精神科・心療内科と、婦人科、かかりつけ医が連携することで、心身を一体として支えることができます。ご希望に応じて、当院から婦人科やかかりつけ医、産業医への情報提供も行います。
家族や周囲の方へ
更年期のこころの不調は、本人にとっても周囲にとっても、わかりにくく、誤解を生みやすい状態です。「性格が変わった」「怠けている」と感じてしまうこともありますが、その多くは、ホルモンの変動と脳の働きの変化が背景にあります。本人の意思や努力の問題ではありません。
ご家族にできることを、いくつかご紹介します。
- まずは話を否定せず、「つらかったね」と受けとめる
- 「がんばれ」「気の持ちよう」とは言わず、休息と相談を勧める
- ホットフラッシュや不眠など、身体症状にも気を配る
- 受診や治療を続けるための、現実的な支援を行う(送迎、家事の分担など)
- 本人の代わりに決めるのではなく、本人の意思を尊重しながら支える
とくに統合失調症や双極症の方では、ご本人が自分の変化に気づきにくい時期があります。ご家族からみた「いつもと違う様子」は、医療チームにとって大切な情報です。気になる変化があれば、診察の場で共有してください。ご本人の同意があれば、ご家族の同席や、別途のご相談もお受けしています。
早めに相談したいサイン
次のようなサインがあるときは、早めに精神科・心療内科にご相談ください。
- 2週間以上、強い落ち込みや興味の喪失が続いている
- 眠れない、または眠りすぎる状態が続いている
- 食欲や体重の変化が大きい
- イライラや焦りで、家族や職場との関係に支障が出ている
- ホットフラッシュや不眠で、日常生活が立ちゆかない
- 幻聴や、誰かに見張られているなどの感覚がある
- 「死にたい」「いなくなりたい」という気持ちが浮かぶ
とくに死にたい気持ちがあるときは、一人で抱え込まないでください。すぐに医療機関にご相談ください。夜間や休日でも、次の窓口がご利用いただけます。
- いのちの電話: 0570-783-556
- よりそいホットライン: 0120-279-338
- こころの健康相談統一ダイヤル: 0570-064-556
よくある質問
更年期のうつは、本当のうつ病とは違うのですか?
「更年期うつ」は医学的な診断名というより、更年期にあらわれる抑うつ状態をさす言葉として使われています。中身としては、抑うつ症(うつ病)と重なる状態であることが多く、治療の枠組みも基本的には同じです。ただし、ホルモンの変動や身体症状が背景にあるため、婦人科との連携が役立ちます。
ホルモン補充療法だけで、こころの不調はよくなりますか?
ホルモン補充療法は、ホットフラッシュや不眠の改善を介して、気分の安定にも寄与します。とくに身体症状が強い方には有効なことがあります。ただし、抑うつ症や双極症がはっきりしている場合には、ホルモン補充療法だけでは十分でなく、抗うつ薬や気分安定薬と組み合わせる方針が現実的です。乳がんや血栓のリスク評価を含め、婦人科の主治医と相談しながら判断します。
更年期に初めて気分の波が大きくなりました。双極症の可能性はありますか?
可能性はあります。とくに、過去に「眠らなくても活発で多弁な時期」があった方や、双極症の家族歴がある方では、更年期に双極症のうつ状態として現れることがあります。診断には、過去の気分の経過を丁寧に聴くことが必要です。気になる場合は、過去のエピソードを簡単にメモしてご持参いただくと、診察がスムーズです。
更年期に幻聴や妄想が出ました。年齢的に統合失調症が出ることはあるのですか?
はい、女性では更年期(45〜54歳ごろ)に統合失調症が初めて発症する例が知られています。ただし、似た症状を呈する別の状態(脳の身体的な要因、薬剤の影響、認知症の初期など)もあります。頭部の画像検査や血液検査で慎重に評価することが大切です。早めに精神科にご相談ください。
まとめ
更年期は、女性の人生のなかで、こころの不調が起きやすい時期のひとつです。エストロゲンの変動は、脳のはたらきに直接影響します。そのため、抑うつ症、双極症、統合失調症のいずれも、新たに発症したり、悪化したりすることがあります。
更年期にともなうこころの不調は、適切な医療と支援によって、楽になっていく状態です。我慢して時間をやり過ごすよりも、早めに相談していただくことが、回復への近道になります。更年期は「終わり」ではなく、新しい時期のはじまりでもあります。身体とこころの両面を支える医療と、ご家族や周囲のサポートのなかで、この時期を健やかに過ごしていただけるよう、当院もお手伝いします。

