「気分の波が続いていて、おなかの調子もずっと悪い」。こころの不調と腸の不調が同時に続くとき、それは偶然の重なりではないかもしれません。双極症(躁うつ病)と過敏性腸症候群は、一見まったく別の病気のように思えます。けれども近年の研究で、脳と腸が神経や免疫を通じて深くつながっていることがわかってきました。
片方の症状を診てもらっても、もう片方が見過ごされたままだと、なかなか楽にならないことがあります。当院では精神科の立場から、からだに現れる症状にも目を配りながら、こころとおなかの両面を視野に入れた診療を大切にしています。
以下のような状態が続いていませんか。
- 気分が高揚して眠れない時期と、落ち込んで動けない時期を繰り返す
- ストレスが重なると腹痛や下痢、便秘がひどくなる
- おなかの不調が続き、それ自体が気分の落ち込みにつながっている
- 腸の検査では異常がないのに症状が治まらない
- 気分の波が大きくなるたびに消化器の症状も悪化する
いくつか心あたりがある方は、この記事を読み進めてみてください。
双極症と過敏性腸症候群について
双極症(躁うつ病)は、躁・軽躁状態とうつ状態を繰り返す気分の病気です。詳しい症状や経過については双極症(躁うつ病)についてをご覧ください。
過敏性腸症候群は、腹痛や便通の異常(下痢・便秘・その交替)が慢性的に続くにもかかわらず、内視鏡や血液検査でははっきりした異常が見つからない機能的な腸の不調です。ストレスや疲労で症状が悪化しやすく、20〜40代に多くみられます。
なぜ双極症と過敏性腸症候群は重なりやすいのか
大規模な疫学研究では、過敏性腸症候群のある方が双極症を発症するリスクは、そうでない方に比べて約2.6倍高いと報告されています。また、過敏性腸症候群の患者さんには、抑うつ症(うつ病)や不安症とならんで、双極症の併存が多いことも知られています。
この重なりの背景には、脳と腸が神経や免疫を介して双方向に影響し合う仕組みがあると考えられています。近年の研究では「脳腸相関」と呼ばれるこの仕組みが、こころの不調とおなかの不調の橋渡し役を担っていることが明らかになりつつあります。
脳腸相関とは
脳腸相関とは、脳と腸が迷走神経や免疫系、ホルモンなどを通じて情報をやり取りする双方向のネットワークです。脳の状態は腸の動きに影響し、腸の状態もまた脳の働きに影響を及ぼします。この経路には腸内細菌も深くかかわっています。
「ストレスでおなかが痛くなる」「おなかの調子が悪いと気分が沈む」という経験は、脳腸相関が日常的に働いている証拠です。双極症と過敏性腸症候群が重なりやすいのは、この仕組みが両方の疾患に共通して関与しているためと考えられています。
腸内細菌のバランスの乱れ
双極症の方にも過敏性腸症候群の方にも、腸内細菌のバランスが健康な方と異なるパターンが報告されています。腸内細菌のバランスが崩れると、セロトニンの材料となる物質の代謝が変化し、気分の調節と消化管の動きの両方に影響する可能性があります。
慢性的な炎症の共通性
双極症では気分エピソードに伴って、からだの中で炎症を起こす物質が増えることが知られています。過敏性腸症候群でも腸管に軽い炎症が生じていることが報告されており、全身性の炎症が両疾患をつなぐ共通の土台と考えられています。
ストレス応答の調節障害
ストレスに対する体の反応を調整する仕組み(視床下部と下垂体、副腎をつなぐ経路)の働きすぎが、双極症と過敏性腸症候群の両方で確認されています。慢性的なストレスがこの経路を過活動にし、気分の不安定さと腸の過敏さを同時に悪化させることがあります。
どのような症状がみられるのか
双極症と過敏性腸症候群が重なっているとき、次のような形で症状が影響し合うことがあります。
- 躁状態のとき: 食事の量や内容が極端に変わり、腸への負担が増します。活動量が増えて睡眠が減ることで、消化管のリズムも乱れやすくなります。
- うつ状態のとき: 食欲の低下や偏った食事が続き、便通の乱れが悪化します。おなかの不調がさらに気力を奪い、悪循環に陥ることがあります。
- 気分が安定しているとき: おなかの症状も比較的落ち着きやすくなりますが、些細なストレスをきっかけに両方の症状が再び動き出すことがあります。
関連する疾患
双極症と過敏性腸症候群のどちらか、または両方を抱えている方は、ほかの精神的な不調を併せ持っていることがあります。片方だけを診ていてもなかなか楽にならない場合、以下の疾患がかかわっている可能性があります。
- 抑うつ症(うつ病): 双極症のうつ状態との区別が重要です。うつ状態が長引くとき、過去に躁や軽躁がなかったかを確認することが診断の手がかりになります。
- 不安症: 強い不安や緊張がおなかの症状を誘発し、それがさらに不安を増すという悪循環が生じやすくなります。
- パニック症: 突然の激しい不安発作に腹部症状が伴うことがあり、過敏性腸症候群との重なりが多いと報告されています。
- 不眠症: 睡眠の乱れは気分の波と消化管の不調の両方を悪化させる共通の引き金です。
- 自律神経失調症: 自律神経の調節がうまくいかないと、動悸やめまいに加えて消化器の症状が目立つことがあります。
- 心身症: こころのストレスがからだの症状として現れる状態の総称です。過敏性腸症候群は代表的な心身症のひとつとされています。
治療のポイント
双極症の治療全般(気分安定薬・心理療法・生活習慣の整え方)については双極症(躁うつ病)の治療ページをご覧ください。ここでは過敏性腸症候群が重なる場合の注意点を中心にご説明します。
1. 精神科と消化器内科の連携
まず精神科で気分の波の状態を評価し、必要に応じて消化器内科と連携します。こころの治療とおなかの治療を並行して進めることで、片方だけでは改善しにくかった症状が動き出すことがあります。
2. 薬の選択と消化器への影響
双極症には気分安定薬や第二世代抗精神病薬が用いられますが、一部には吐き気・下痢・便秘などの消化器系の副作用があります。過敏性腸症候群がある方は副作用が出やすい場合もあるため、それぞれの薬がもう片方の疾患に及ぼす影響にも配慮しながら処方を組み立てることが重要です。気になる症状があれば、遠慮なく主治医にお伝えください。
3. 心理療法と生活リズムの整備
ストレスが両方の症状を悪化させる共通の引き金であるため、ストレスとの付き合い方を学ぶ心理療法が役立ちます。生活リズムや人間関係を整える心理療法(対人関係社会リズム療法など)や、マインドフルネスを取り入れた取り組みは、気分の安定と腸の過敏性の軽減の両方に効果が期待されています。
家族や周囲の方へ
双極症と過敏性腸症候群の両方を抱えている方の近くにいると、気分の波とからだの不調が絡み合って、何が起きているのかわかりにくいことがあります。
大切なのは、「おなかが弱いだけ」「気の持ちよう」と片づけないことです。こころとからだの両方に病気としての仕組みがあることを理解していただけると、ご本人の安心感につながります。
調子がよい時期に生活リズムを一緒に整える手助けをしたり、通院の継続をさりげなく見守ったりすることが、長い目で見た回復を支えます。ご家族自身がつらいときは、遠慮なく当院にご相談ください。
早めに相談したいサイン
以下のようなサインが続いているときは、早めに専門の医療機関に相談することをおすすめします。
- 気分の波が大きくなり、日常生活や仕事に支障が出ている
- おなかの不調が何週間も続き、内科の検査では異常が見つからない
- 気分が落ち込むたびに腹痛や下痢がひどくなる
- 躁状態のときに食事や生活が極端に乱れてしまう
- 眠れない日と眠りすぎる日が交互に繰り返される
- 「消えてしまいたい」「生きていてもしかたない」という考えが浮かぶ
最後の項目のように、生きることがつらいと感じるときは、すぐに相談できる窓口があります。
- いのちの電話: 0570-783-556
- よりそいホットライン: 0120-279-338
ひとりで抱え込まず、まずは声に出してみてください。
よくある質問
双極症と過敏性腸症候群は関係がありますか?
はい、関係があることがわかってきています。両方の疾患には、脳と腸をつなぐ神経や免疫の仕組み(脳腸相関)が共通して関与しています。大規模な研究でも、過敏性腸症候群の方は双極症を発症するリスクが高いことが報告されています。
精神科でおなかの症状も相談してよいですか?
もちろんです。精神科の診察では、こころの症状だけでなく、からだに現れている不調も合わせて伺います。おなかの症状がストレスや気分の波と連動している場合、精神科の治療で改善することも少なくありません。必要に応じて消化器内科への紹介も行います。
薬の副作用でおなかの調子が悪くなることはありますか?
一部の気分安定薬や抗精神病薬には、吐き気や下痢、便秘などの消化器系の副作用があります。過敏性腸症候群がある方は副作用が出やすい場合があるため、処方の際にはおなかの状態も考慮して薬を選びます。気になる症状があれば、遠慮なく主治医にお伝えください。
食事やサプリメントで改善できますか?
食生活の見直しは両方の疾患にとって大切な土台です。腸内環境を整える発酵食品や食物繊維の摂取、消化に負担の大きい食品を控えることは助けになります。乳酸菌などのプロバイオティクスについても研究が進んでいますが、まだ十分な結論は出ていません。食事やサプリメントだけで治そうとせず、医療と組み合わせて取り組むことが大切です。
まとめ
双極症と過敏性腸症候群は、脳腸相関という仕組みを通じて密接につながっています。腸内細菌のバランスの乱れ、慢性的な炎症、ストレス応答の調節障害などが、両方の疾患に共通してかかわっています。
こころの波とおなかの不調が重なっているときは、どちらか片方だけでなく、両方を視野に入れた治療が回復への近道です。おひとりで抱えず、まずは精神科にご相談ください。当院では、からだに現れる症状にも配慮しながら、回復に向けた方針を患者さんと相談しながら進めます。
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参考文献
- 国立精神・神経医療研究センター こころの情報サイト
- 日本うつ病学会「診療ガイドライン 双極性障害(双極症)2023」
- 日本消化器病学会「過敏性腸症候群(IBS)診療ガイドライン 2020」
- Liu CJ et al. Irritable Brain Caused by Irritable Bowel? A Nationwide Analysis for Irritable Bowel Syndrome and Risk of Bipolar Disorder. PLoS One. 2015.
- Ortega MA et al. Microbiota-gut-brain axis mechanisms in the complex network of bipolar disorders. Mol Psychiatry. 2023.

