
「もう連絡しないでほしい」と伝えているのに接触が続く、SNS を監視される、待ち伏せされる、職場や自宅の近くに現れる。こうした行為は、恋愛感情の延長ではなく、相手の生活の安全と平穏を脅かす重大な人権侵害であり、ストーカー規制法で規制された犯罪行為です。
ストーカー行為を理解しようとするとき、「どんな病気なのか」と一つの診断名で説明したくなるかもしれません。けれども実際には、加害行為の背景は一様ではなく、単一の精神疾患だけで説明できるものではありません。このページは、まず被害を受けている方の安全と相談先を先に示したうえで、加害者の心理に潜みやすいものを精神医学の観点から整理します。
- 拒否を伝えたのに電話、メール、SNS、訪問が止まらない
- 自宅・職場・通学路で待ち伏せされる、位置情報を探られる
- 「死ぬ」「許さない」といった言葉で追い詰められる
- 家族や友人、勤務先にまで接触されている
- 眠れない、外出が怖い、スマートフォンの通知音が怖い
ストーカー行為は「気持ちが強いから仕方ない」では済まされません。相手が拒否しているのに接触を続ける時点で、恋愛ではなく加害行為です。どれほど小さく見えるサインでも、ためらわず警察や相談窓口に連絡してください。
被害を受けている方へまず伝えたいこと
ストーカー被害で相談に来られる方は、ほとんどが「これくらいで警察に行っていいのか」「自分が悪いのではないか」と自分を責めていらっしゃいます。はっきりお伝えしたいことがあります。相手が接触を続けている時点で、あなたは被害者であり、相談する権利があります。大げさすぎるということはありません。
ストーカー事案は、時間がたつほど深刻化することがあります。一人で説得しようとしたり、返信で関係を終わらせようとしたりするほど、相手は「まだ関係が続いている」と解釈しがちです。ひとりで背負わないこと、記録を残すこと、安全な人に共有することの3つを早い段階で始めてください。
被害のあとには、警戒が解けず眠れない、人が怖くなる、スマートフォンの通知に過敏になる、外出が怖くなる、といった反応が残ることがあります。これらは心的外傷後ストレス症(PTSD)や長期被害後の複雑性PTSDと重なることもあり、ご本人の心のケアも治療の対象です。精神科や心理職に相談してよい状態です。
ストーカー行為とは何か
日本ではストーカー規制法(ストーカー行為等の規制等に関する法律)によって、ストーカー行為が定義され、規制されています。警察庁は、ストーカーをつきまとい等や位置情報の無承諾取得等をくり返し行うことで、相手に不安を覚えさせる行為として整理しています。
具体的には、次のような行為が含まれます。
- つきまとい、待ち伏せ、進路への立ちふさがり、見張り、押しかけ
- うろつき、自宅・職場・学校周辺での徘徊
- 行動を監視していると思わせる告知
- 面会、交際、復縁などの要求
- 乱暴な言動、無言電話、連続した電話・メール・SNS メッセージ
- 汚物や動物の死骸を送りつける行為
- 名誉を傷つける言動
- 性的羞恥心を害する画像や言葉の送りつけ
- GPS などで位置情報を無断取得する行為

本人に「説明したいだけ」「誤解を解きたいだけ」という気持ちがあっても、相手が拒否しているのに接触を続ければ、法的にも臨床的にも危険な状態です。精神医学の観点からも、恋愛感情の問題としてではなく、安全と治療の両面から考える必要があります。
加害者の5つのタイプ
司法精神医学の分野では、オーストラリアの精神科医ポール・ミューレンらが提唱した加害者の5類型がよく参照されます。どのタイプにも「拒絶を受け入れられない」という共通点があり、動機と背景が異なるために、リスクの見立てや対応の方向性も変わります。これは診断名ではなく、支援や安全対策を考えるための背景整理としてお読みください。
拒絶型
元交際相手や元配偶者など、親密な関係が終わったことを受け入れられないタイプです。もっとも多いタイプで、DV からの連続性があるケースを含め、危険性が高くなりやすいことが指摘されています。「復縁したい」「説明したい」という動機から始まり、拒絶が明確になるほど怒りや報復へ向かうことがあります。
親密希求型
面識の薄い相手や、ほとんど会ったことのない相手に対し、「特別な絆がある」「自分は愛されている」と強く思い込むタイプです。精神医学的には、持続性妄想症の被愛型(古くはエロトマニアと呼ばれた状態)として整理されることがあります。相手が拒否しても「本心ではない」「周囲が引き離している」と解釈してしまい、行動がなかなか止まりません。
無能な求愛者型
悪意よりも、対人スキルの未熟さ、距離感や同意の読み取りにくさが中心のタイプです。本人は「積極的にアプローチしているだけ」と捉えていることが多く、拒絶のサインに気づきにくいという特徴があります。背景に自閉スペクトラム症(ASD)特性や対人経験の乏しさが関わることがありますが、特性が即ストーカー行為につながるわけではありません。
怨恨型
「不当な扱いを受けた」という被害感から、報復や威嚇を目的にするタイプです。相手に恐怖を与えること自体が目的になり、脅迫的な言動が多くなります。元交際相手に限らず、職場の上司や同僚、取引相手などに向かうこともあります。
略奪型
性的加害や物理的な危害を準備する目的で接近するタイプです。数は少ないものの、身体的なリスクがもっとも高い類型とされています。本人は接近を悟られないように行動するため、被害者が気づいたときには深刻な事態になっていることがあります。
これらはあくまで背景整理であり、診断名ではありません。ひとりの加害者が複数のタイプの特徴をあわせ持つこともよくあります。
関連する疾患
ストーカー行為をする人のすべてに、特定の精神疾患があるわけではありません。一方で、一部のケースでは精神医学的な状態が行動に関わっていることもあります。以下は関連しうる背景の代表例で、いずれも「当てはまる = 加害者である」という意味ではありません。
- 持続性妄想症(被愛型): 相手から愛されているという確信が長く続き、現実の拒否を「本心ではない」と解釈する。親密希求型の背景にみられることがある
- 自己愛性パーソナリティ症: 拒絶や否定を自尊心への深刻な傷として受け取り、怒りや支配欲に転じやすい
- 境界性パーソナリティ症: 見捨てられ不安、感情の不安定さ、衝動性が背景に重なることがある
- 自閉スペクトラム症(ASD)の特性: 距離感や同意のサインを読み取りにくい場面で、無能な求愛者型の背景に関わることがある
- 双極症の躁状態: 気分の高揚、過剰な自信、行動量の増加、脱抑制のなかで接触行動がエスカレートすることがある
- アルコール・薬物関連の問題: 飲酒や薬物で衝動のブレーキが外れ、普段以上に接近行動が強まることがある
- 認知症: 判断力や衝動制御の低下から、過去の知人に繰り返し接触してしまうことがある
精神科では、面接、経過、生活歴、併存する症状をていねいに聴き取って評価します。行動だけを見て「この人は◯◯障害だ」と断定することはできませんし、逆に診断がついたとしても、それは加害行為を許す理由にはなりません。被害者の安全確保が常に優先されます。

加害行動が止まりにくい理由
ストーカー行為が止まりにくい背景には、いくつかの共通する心のしくみがあります。
1. 拒絶を受け入れられない
別れや拒絶は、多くの人にとってつらい出来事です。ただ、ストーカー行為に発展しやすい場合、その拒絶が単なる悲しみではなく、耐えがたい恥、自尊心の傷つき、怒り、見捨てられ感として体験されます。そのため「終わった関係」として受け止められず、「本当はまだつながっている」「誤解を解けば戻れる」と考え続けてしまうのです。
2. 接触そのものが感情調整の手段になる
連絡を送る、相手の SNS を見る、自宅や職場の近くへ行くといった行為は、本人のなかで一時的に不安や怒りを下げる働きをすることがあります。接触することが自分のつらさをしのぐ手段になってしまうと、相手の迷惑よりも自分の苦しさを下げることが優先され、行為が止まりにくくなります。
3. 考えが狭くなり、正当化が強まる
執着が強まると、頭のなかが相手のこと一色になります。相手の気持ちや法的な問題よりも、「自分がどれだけ傷ついたか」「説明する権利がある」「無視されるのはおかしい」という考えに偏っていきます。こうした反すうと被害感が、行動をさらにエスカレートさせます。
4. 愛情から支配・報復へ変わる
最初は「好きだから」「戻りたいから」という形で始まっていても、拒絶がはっきりするほど、感情は怒りや支配欲に変わることがあります。「困らせたい」「怖がらせたい」「自分の痛みを返したい」という気持ちが前に出てくると、もはや恋愛感情の問題ではなく、暴力や脅迫に近い加害行為として考える必要があります。

加害者に対する治療と支援
加害側の方が精神科につながる経路はさまざまです。家族に連れられて来ること、警察からの助言で受診すること、自分で「このままではいけない」と感じて来ることなどがあります。治療は単独では十分ではなく、司法的な介入と医療・心理社会的支援の連携が重要になります。
1. 安全の確保と評価
まず被害者の安全が最優先で、司法・警察の対応と並行して、本人の生活歴、拒絶への反応、衝動性、物質使用、気分や妄想の有無、過去の暴力歴などを評価します。危険度が高い場合には入院加療を検討することもあります。
2. 薬物療法
背景に妄想、双極症の躁状態、強い不安、抑うつ、衝動性、睡眠の乱れがある場合には、それぞれの症状に対する薬物療法が選択肢になります。妄想症の被愛型に近い状態では抗精神病薬、気分の波には気分安定薬、強い不安や抑うつには選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが用いられることがあります。ストーカー行為そのものを止める薬はありませんが、背景の症状が落ち着くことで行動のコントロールがしやすくなることがあります。
3. 心理社会的支援
怒り、嫉妬、拒絶への過敏さ、対人スキル、感情調整を扱う心理療法が組み合わされます。本人が自分の行動と距離を取り、「相手に接触したくなったとき、どうすればその衝動をやり過ごせるか」を一緒に考えていきます。アルコール・薬物の問題がある場合は依存症治療と同時並行で進めます。
4. 司法・医療・家族の連携
ストーカー事案では、医療だけで完結することはほとんどありません。警察、弁護士、家族、職場、地域の支援機関が連携し、本人を支えつつ、被害者への接触を物理的に断つ枠組みを同時に作っていくことが必要です。
被害者の方の相談先
ひとりで抱えないでください。次の相談先は無料または公的な窓口です。「まだ大げさかもしれない」と思う段階でも相談して構いません。
- 警察相談専用電話 #9110: 緊急ではないけれど警察に相談したい場合。最寄りの都道府県警につながります
- 110番: 身の危険を感じる、待ち伏せされているなど緊急の場合
- 各都道府県警のストーカー・DV 相談窓口: 警察庁 ストーカー総合対策 のページから各窓口を確認できます
- 配偶者暴力相談支援センター・女性相談支援センター: 元配偶者や元交際相手からの被害の場合。各都道府県に設置
- DV 相談ナビ(#8008 つながりはおっと)/ DV 相談プラス: 24時間の相談窓口
- 弁護士会の法律相談: 接近禁止命令、保護命令、民事的対応について
- 精神科・心療内科: 被害後の不眠、不安、PTSD 症状のケア
相談時には、着信履歴、メッセージ、SNS の投稿、写真、来訪の日時、周囲の目撃情報などを記録として残しておくと対応がスムーズになります。スクリーンショットや日記メモでも構いません。


家族や周囲の方へ
ご家族や友人、職場の方がストーカー被害に遭っているとき、もっとも大きな助けは「信じて、責めないで聞くこと」です。「大げさ」「そんなつもりはなかっただろう」「自分にも原因があったんじゃないか」という言葉は、本人を追い詰めてしまいます。
- まず話を最後まで聞き、本人の感覚を否定しない
- 一緒に記録を整理し、相談窓口への連絡に付き添う
- 通勤・通学の送迎、宿泊先の確保など物理的な安全を一緒に考える
- 本人の不眠、食欲、集中力、外出の変化に気を配る
- 家族だけで抱え込まず、必要なら家族自身も相談機関を利用する
一方、ご家族のなかに加害側の当事者がいる場合もあります。「連絡や監視が止められない」「相手のことが頭から離れない」「会わないと落ち着かない」「怒りで何をするかわからない」といった状態が見られたら、本人を責めるより先に、精神科や相談機関に一緒に行く方法を検討してください。早い段階で支援につながることは、相手を守ると同時に、ご本人が加害者にならないためにも役立ちます。
早めに相談したいサイン
被害側、加害側いずれの場合も、次のようなサインがあるときは早めに相談してください。
- 拒否を伝えたあとに接触の頻度が増えている
- 自宅、職場、学校、通勤経路などに相手が現れる
- 電話、メール、SNS の連絡が執拗に続いている
- 「死ぬ」「許さない」「会わないと何をするかわからない」といった脅しがある
- 過去に DV、暴力、物を壊す、怒鳴るなどの行動があった
- 被害者の交友関係、家族、勤務先にまで接触が広がっている
- 自分自身が相手への連絡や監視を止められず、飲酒で気を紛らわせている
- 強い怒り、希死念慮、自傷念慮がある
こうしたサインがある場合は、精神科の受診を考える前に、まず安全対策と警察・相談窓口への連絡を優先してください。ストーカー事案は、時間がたつほど行為が深刻化することがあります。
よくある質問
ストーカー行為をする人はみんなパーソナリティ症ですか
いいえ。人格傾向が関わることはありますが、すべてがそうではありません。妄想の問題、気分の波、依存、飲酒や薬物、暴力を容認する価値観、対人スキルの未熟さなど、背景はさまざまです。行動だけを見て診断名を決めることはできません。
優しく説明すれば、わかってくれることもありますか
一時的に落ち着くこともありますが、相手によっては「まだ関係がある」と受け取って接触が続くことがあります。被害が生じているなら、本人同士だけで抱えず、警察や公的機関を入れて対応するほうが安全です。
精神科にかかれば必ず止まりますか
精神科受診は重要な選択肢ですが、それだけで十分とは限りません。事案の深刻さによっては、警察、弁護士、家族、職場、地域支援との連携が必要です。安全確保と治療は、どちらも大切です。
相手が病気かもしれないと思うと、警察に相談しづらいです
そのお気持ちは自然なものです。ただ、精神医学的な背景があったとしても、被害者の安全が最優先であることは変わりません。警察への相談は、相手を罰するためだけでなく、接近禁止や警告などで接触を物理的に断ち、結果的に相手を重大な結末から遠ざけることにもつながります。
まとめ
ストーカー行為の背景を一言で表すなら、拒絶を受け入れられず、自分の苦しさや怒りを相手への接触で処理しようとしている状態と言えます。ただしその背景は単純ではなく、執着、自尊心の傷つき、支配欲、孤独、認知の偏り、精神症状などが重なっていることがあります。
大切なのは、理解することと許すことは違うという点です。ストーカー行為は被害者の安全と平穏を侵す重大な加害行為であり、犯罪でもあります。被害を受けている方は早めに警察や公的支援につながってください。自分の行動がエスカレートしそうだと感じる方は、今のうちに医療や相談機関に声をかけてください。どちらの場合も、ひとりで抱えないことがいちばんの一歩になります。

