「気分の波を穏やかに保ち、再発を防ぐ」。気分安定薬は、双極症(躁うつ病)の治療で長く使われてきたお薬です。「どうして自分の気分はこんなに上下するのだろう」「この薬は一生続けるのだろうか」「副作用が心配で飲み続けられるか不安」。そうしたお気持ちを抱える方は少なくありません。
気分安定薬は、気分の高ぶり(躁状態)と落ち込み(うつ状態)の両方を抑え、再発を防ぐ働きをもつお薬です。双極症の治療の中心となり、心理療法や生活リズムの調整と組み合わせて用いられます。
本記事では、精神科・心療内科で使われる気分安定薬の主な種類と特徴、副作用、使い分けの考え方を整理して解説します。主治医と治療方針を相談するときの参考としてご活用ください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断や治療方針を示すものではありません。服薬の開始・変更・中止については、必ず主治医にご相談ください。
- 気分が高ぶり、眠らなくても活動できる状態が続いたことがある
- 気分が沈み、やる気や食欲が落ちる時期を繰り返している
- 気分の浮き沈みで、仕事や人間関係に支障が出ている
- 双極症と診断を受け、再発予防の治療を考えている
- いま処方されている気分安定薬について、もう少し知りたい
気分安定薬とは
気分安定薬とは、病的な気分の高ぶりと落ち込みの両方を抑え、波を穏やかに保つお薬の総称です。双極症の治療で中心的な役割を果たします。
狭い意味で「気分安定薬」と呼ばれるのは、次の4つのお薬です。
- 炭酸リチウム(商品名:リーマス)
- バルプロ酸ナトリウム(商品名:デパケン、セレニカR)
- カルバマゼピン(商品名:テグレトール)
- ラモトリギン(商品名:ラミクタール)
近年では、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾール、ルラシドンなど、一部の抗精神病薬にも気分を安定させる働きがあるとわかってきました。広い意味ではこれらも気分安定薬に含めることがあります。
気分安定薬は「眠くする薬」でも「気分をごまかす薬」でもありません。脳の中で起きている気分の波そのものを穏やかに保ち、再発を防ぐためのお薬です。効果が見えにくい時期があっても、飲み続けることで再発予防の効果が積み上がっていきます。
4つの気分安定薬には、それぞれ得意な病相や注意すべき副作用があります。主な違いを下の表にまとめました。
| 薬剤名 | 主な適応 | 得意な病相 | 血中濃度測定 | 主な副作用 |
|---|---|---|---|---|
| 炭酸リチウム | 双極症 | 躁・維持・自殺予防 | 必須(0.4〜1.0 mEq/L) | 手のふるえ、多尿、甲状腺機能低下、腎機能への影響 |
| バルプロ酸 | 双極症の躁状態、てんかん、片頭痛 | 躁(混合性・急速交代型) | 推奨(50〜100 μg/mL) | 体重増加、肝機能への影響、催奇形性 |
| カルバマゼピン | 双極症の躁状態、てんかん、三叉神経痛 | 躁(治療抵抗例・混合性) | 推奨(4〜12 μg/mL) | 発疹、重い皮膚反応、肝機能への影響、低ナトリウム血症 |
| ラモトリギン | 双極症の維持療法、てんかん | うつ・維持 | 通常不要 | 皮疹、重い皮膚反応(漸増必須) |
炭酸リチウム(リーマス)
特徴
炭酸リチウムは、気分安定薬の中でも最も長く使われてきた、双極症治療の基本となるお薬です。1949年にオーストラリアの医師が双極症への効果を報告して以来、現在まで中心的な薬剤として使われ続けています。
古典的な躁状態、再発予防のための維持療法、そして自殺予防の効果において、ほかの薬より優れたエビデンスがあります。特に自殺予防の効果は、ほかの気分安定薬にはみられない大きな特徴です。
働き方
リチウムがどのように気分を安定させるか、仕組みはすべて解明されているわけではありません。脳内の情報伝達を整える働き、神経細胞を守る働き、セロトニンの伝達を整える働きなど、複数の作用が重なって効果を発揮すると考えられています。
用量と血液検査
- 開始用量:1日400〜600 mg(1日2〜3回に分けて服用)
- 急性期の増量:3日〜1週間ごとに少しずつ増やし、最大1日1200 mgまで
- 維持量:症状が改善したら、1日200〜800 mgへ少しずつ減らす(1日1〜3回分割)
- 血中濃度の目安:急性期 0.6〜1.0 mEq/L、維持期 0.4〜0.8 mEq/L
- 中毒域:1.5 mEq/L以上で中毒症状、2.0 mEq/L以上は重篤
注意すべき副作用
リチウムは効く濃度と中毒になる濃度が近いお薬です。そのため定期的な血中濃度測定が欠かせません。
特に、脱水、一部の解熱鎮痛薬(市販の痛み止めを含む)、一部の降圧薬、利尿薬との組み合わせで、リチウム濃度が上がりやすくなります。夏場の発汗、発熱、下痢・嘔吐があったときは、早めに医師に相談してください。
長期に服用することで、腎機能の低下や甲状腺機能の低下がみられることもあります。定期的な血液検査でチェックしながら、安全に続けていきます。
バルプロ酸ナトリウム(デパケン、セレニカR)
特徴
バルプロ酸はもともと、てんかんの治療薬として使われてきたお薬です。双極症の躁状態にも効果があり、特に気分の高ぶりと落ち込みが短期間で入れ替わる「混合性」や「急速交代型」ではリチウムより有効な場合があります。
効果の立ち上がりが比較的早く、臨床の場で広く使われているお薬です。
働き方
脳内で神経の過剰な興奮を抑える働きや、抑制系の神経伝達物質の働きを高める作用などが関与すると考えられています。
用量と血液検査
- 開始用量:1日400〜600 mg
- 維持量:通常1日600〜1200 mg
- 血中濃度の目安:50〜100 μg/mL(躁状態では100 μg/mL前後を目標とすることもあります)
注意すべき副作用
バルプロ酸で最も重要な注意点は、妊娠中の服用で胎児に影響が出るリスクです。神経管閉鎖障害(脊髄などの発達に関わる問題)や、生まれた子どもの発達への影響が報告されています。妊娠の可能性がある女性には、原則として使わない方針がとられます。
そのほかに、体重増加、脱毛、手のふるえ、肝機能への影響、血液中のアンモニア上昇、血小板減少、まれに膵臓の炎症などが報告されています。気になる変化があれば、早めに主治医にお伝えください。
カルバマゼピン(テグレトール)
特徴
カルバマゼピンは、リチウムやバルプロ酸で十分な効果が得られない治療抵抗性の躁状態や混合性のエピソードに対して選ばれることがあります。副作用やほかの薬との相互作用が多いため、最初から選ばれる機会は少ないお薬です。
働き方
神経細胞の過剰な興奮を抑える働きが、気分の安定につながると考えられています。
注意すべき副作用と相互作用
最も警戒すべきは、スティーブンス・ジョンソン症候群や中毒性表皮壊死症と呼ばれる重い皮膚・粘膜の反応です。アジア系の方で特定の遺伝的体質をもつ場合、リスクが高いとわかっています。日本では HLA-A*31:01 という遺伝的体質との関連が指摘されており、服用開始前に遺伝子検査が検討されることがあります。
服用開始後に発疹、発熱、口内炎、目の充血など、皮膚や粘膜の異変が出たときは、すぐに服用を止めて医師に連絡してください。
カルバマゼピンは、肝臓で薬を分解する酵素を強く刺激します。そのため、同時に飲んでいるほかの薬の効果を弱めてしまうことがあります。経口避妊薬、抗うつ薬、一部の抗てんかん薬などが影響を受けます。新しい薬を処方されるときや市販薬を買うときは、必ずカルバマゼピンを服用中であることを医師・薬剤師にお伝えください。
ほかに、血液中のナトリウムが下がる、白血球が減るなどの副作用にも注意が必要です。
ラモトリギン(ラミクタール)
特徴
ラモトリギンは、双極症のうつ状態と再発予防(維持療法)に効果が確立された数少ないお薬です。急性の躁状態への効果は乏しいとされます。
体重増加や眠気などの副作用が比較的少なく、長く続けやすい点が利点です。
働き方
神経の過剰な興奮に関わる伝達物質の放出を抑えることで、気分を安定させると考えられています。
最も大切なこと:ゆっくり増やす
ラモトリギンはまれに、重い皮膚反応を起こすことがあります。急に量を増やすと、このリスクが高まります。そのため、長い時間をかけてゆっくり増やす「漸増」が欠かせません。併用薬の有無によって、漸増スケジュールが大きく変わります。
日本の添付文書にもとづく、標準的な漸増スケジュールは次のとおりです。
| 期間 | 単独使用時 | バルプロ酸を併用しているとき |
|---|---|---|
| 1〜2週目 | 25 mg を1日1回 | 25 mg を1日おき |
| 3〜4週目 | 50 mg を1日1回 | 25 mg を1日1回 |
| 5週目 | 100 mg を1日1回(または2回分割) | 50 mg を1日1回(または2回分割) |
| 6週目以降の維持量 | 200 mg を1日1回(最大400 mg) | 100 mg を1日1回(最大200 mg) |
バルプロ酸を一緒に飲んでいる方は、ラモトリギンの血中濃度が上がりやすくなるため、単独使用時よりも少ない量から、よりゆっくり増やします。カルバマゼピンやフェニトインなどを併用している方は、逆にラモトリギンが早く代謝されるため、違うスケジュールになることがあります。自己判断で量を変えず、必ず処方どおりに服用してください。
服用開始から数週間のうちに皮疹・発熱・粘膜の異常が出たときは、すぐに服用を止めて医療機関に相談してください。飲み忘れて数日空いたあと再開するときは、少ない量からやり直すことが必要な場合があります。自己判断せず、必ず主治医に相談しましょう。
病相ごとの使い分け
双極症の治療では、いまどの病相にあるか、再発予防が必要かに応じてお薬を選びます。下の表は、病相ごとによく使われるお薬の例です。
| 病相・状況 | 日本うつ病学会ガイドライン2023での推奨 |
|---|---|
| 急性の躁状態 | 気分安定薬(リチウムまたはバルプロ酸)と第2世代抗精神病薬(アリピプラゾールなど)の併用が第一選択。単剤療法はそれに次ぐ選択肢。 |
| 混合性の特徴を伴う躁エピソード | 気分安定薬(バルプロ酸、カルバマゼピン)と抗精神病薬(オランザピン、アリピプラゾール)の併用を提案。 |
| 双極症のうつ状態 | 保険適用がある薬として、クエチアピン徐放錠、ルラシドン、オランザピンを提案。気分安定薬としてはリチウム、ラモトリギンも選択肢。 |
| 再発予防(維持療法) | 急性期で有効だった薬を継続することが基本。単剤ではリチウム、ラモトリギン、クエチアピン徐放錠、バルプロ酸、アリピプラゾール持効性注射剤が提案される。 |
| 自殺予防 | リチウムに他の気分安定薬にはみられない自殺予防効果があることが報告されている。 |
なお、いくつかの薬については双極症への保険適用がなく、臨床的な有用性にもとづき適応外として使われるものもあります。実際の薬の選び方は、過去の治療歴、副作用の出やすさ、妊娠の可能性、ほかの病気の有無などを総合して判断します。どの薬を選ぶかは、主治医と相談しながら決めていきましょう。
妊娠・授乳期における注意
気分安定薬は、妊娠・授乳期には慎重な判断が必要です。お薬ごとに胎児への影響の出方が異なります。
- バルプロ酸:神経管閉鎖障害や、生まれた子どもの発達への影響が明確に報告されており、妊娠可能年齢の女性では原則として避けます
- カルバマゼピン:二分脊椎のリスクがあります。服用中は葉酸の補充を検討します
- リチウム:心臓の形成に関わるリスクがわずかに上がりますが、以前考えられていたほど高くないとする報告もあります
- ラモトリギン:現時点では比較的安全性が高いとされ、妊娠中の選択肢になりやすいお薬です
妊娠を考えているとき、妊娠がわかったときは、自己判断で薬を中止しないでください。急に止めると再発のリスクが高まり、母体・胎児の双方に影響が出ることがあります。必ず主治医に相談し、一緒に治療計画を見直しましょう。
関連する疾患
気分安定薬は主に双極症で使われますが、気分の不安定さはほかの状態でも重なって現れることがあります。以下の疾患に心当たりがある場合も、主治医と相談のうえで治療の見直しが役立つことがあります。
- 双極症(躁うつ病):気分の高ぶりと落ち込みを繰り返す病気で、気分安定薬の中心的な対象です。
- 抑うつ症(うつ病):うつ状態が続く病気で、双極症との見分けが大切になります。治療薬の選び方も異なります。
- 統合失調症:気分の波と幻覚・妄想などが重なることがあり、抗精神病薬との組み合わせが検討されます。
- パーソナリティ症:気分の激しい揺れを伴うことがあり、双極症との見分けが重要です。
家族や周囲の方へ
気分安定薬は、飲み始めてすぐに効果が実感できるとは限りません。再発予防の効果は、数か月から数年かけて積み上がるものです。本人が「飲んでも何も変わらない」「もう必要ない」と感じ、自己判断で中断してしまうことがあります。しばらくしてから再発することも少なくありません。
ご家族や身近な方には、次の点で本人を支えていただけると助けになります。
- 薬を勝手にやめないよう、穏やかに声をかける
- 気分が急に高ぶったり、眠らずに活動が増えたりする変化に気づいたら、早めに相談をすすめる
- 定期的な血液検査や通院を一緒に続けられるよう配慮する
- 副作用で本人がつらそうなときは、自己判断で中断する前に主治医への相談をうながす
本人を責めたり、頑張りを求めたりすることは、かえって症状を悪化させることがあります。病気の性質を理解し、長く付き合う姿勢が、本人にとって大きな支えになります。
早めに相談したいサイン
気分安定薬を服用中、以下のようなサインがあれば、主治医に早めに相談してください。
- 服用開始から数週間以内に皮疹、発熱、口内炎、目の充血が出た
- 手のふるえ、ふらつき、強い眠気、呂律が回らないなど、体の動きに変化が出た
- 尿量が極端に増えた、のどの渇きが強くなった
- 下痢や嘔吐が続いている、熱中症のような症状が出ている
- 気分の高ぶりや落ち込みが再び強くなってきた
- 眠れない、または眠りすぎる日が続いている
- 妊娠がわかった、あるいは妊娠を考えている
「死にたい」「消えてしまいたい」という気持ちが強くなったときは、一人で抱え込まずに、すぐに支援につながってください。主治医への連絡が難しい時間帯には、以下の窓口が利用できます。
- いのちの電話:0570-783-556
- よりそいホットライン:0120-279-338
当院でも、双極症や気分の波でお困りの方のご相談をお受けしています。薬の調整や再発予防について、一緒に考えていきます。
よくある質問
気分安定薬は一生飲み続けないといけませんか?
双極症では再発率が高いため、長期の服用がすすめられることが多いお薬です。ただし「絶対に一生飲み続けなければならない」と決まっているわけではありません。症状の経過、再発のリスク、ライフステージの変化などを踏まえ、主治医と相談しながら治療期間を見直していきます。自己判断で中断すると再発しやすいため、減量や中止は必ず医師と一緒に進めましょう。
血中濃度測定はなぜ必要なのですか?
リチウムやバルプロ酸、カルバマゼピンは、血液中の薬の濃度について「効く範囲」と「中毒を起こす範囲」が近いお薬です。血中濃度を測ることで、安全に効果が出る量にきめ細かく調整できます。特にリチウムでは、体調や併用薬の影響で濃度が変わりやすく、定期的な測定が欠かせません。
お酒やほかの薬と一緒に飲んでもいいですか?
お酒は気分安定薬の効果を乱し、副作用が出やすくなるため、基本的に控えることをおすすめします。市販の解熱鎮痛薬や風邪薬、サプリメントも、薬の効き方に影響することがあります。新しく薬を買うとき、別の科で処方されるときは、必ず気分安定薬を服用中であることを医師や薬剤師にお伝えください。
薬を飲み忘れたらどうすればいいですか?
気づいたときに1回分を飲むのが基本ですが、次の服用時間が近い場合は1回分をとばし、次の時間に通常量を飲みます。2回分をまとめて飲むことは避けてください。ラモトリギンのように、数日飲み忘れたあとの再開方法に注意が必要なお薬もあります。飲み忘れが続いたときは、自己判断せずに主治医に相談しましょう。
まとめ
気分安定薬には、炭酸リチウム・バルプロ酸・カルバマゼピン・ラモトリギンの4つがあります。それぞれ得意な病相と注意すべき副作用が異なります。リチウムは維持療法と自殺予防で中心的な役割を果たし、バルプロ酸は急性の躁状態で力を発揮します。ラモトリギンはうつ状態と再発予防、カルバマゼピンは治療抵抗例で選択肢になります。
いずれのお薬も、血液検査や副作用のチェックを続けながら、患者さんごとに細かく調整していくことが大切です。自己判断で中断せず、気になる変化があれば早めに主治医にお伝えください。
薬物療法は治療の重要な柱ですが、それだけで完結するものではありません。規則正しい生活リズム、ストレスとの付き合い方、心理療法、周囲のサポートを組み合わせることで、気分の波とうまく付き合いながら、自分らしい生活を取り戻していくことができます。

