「やめたいのに、やめられない」「あと少しだけ、のつもりが朝になっていた」。ゲームをめぐるこうした経験に、心あたりはないでしょうか。最初は楽しい息抜きだったはずの時間が、気づけば一日の大半を占めている。学校や仕事に行けない日が続き、家族との会話もほとんどなくなった。自分でもまずいと感じているのに、コントローラーやスマートフォンを手放せない。そのつらさは、意志の弱さではなく、こころと脳の働きが関わる医学的な問題かもしれません。
世界保健機関(WHO)は、ゲームのコントロールが難しくなり生活に深刻な支障が出ている状態を「ゲーム行動症」という疾患として正式に位置づけました。ゲームを楽しむこと自体は健全な娯楽です。けれども一部の方にとっては、日常を脅かすほどの問題に発展することがあります。この記事では、ゲーム行動症の定義、症状、原因、治療、そして周囲の方ができるサポートについて解説します。
- ゲームの時間を減らそうとしても、繰り返しうまくいかない
- 学校・仕事・家族の予定よりゲームを優先してしまう
- 昼夜逆転や食事の乱れが続いている
- ゲームをやめるよう言われると、強い怒りが出る
- 成績や仕事の質が目に見えて落ちている
ゲーム行動症(ゲーム依存)とは
ゲーム行動症は、WHOの国際疾病分類(ICD-11)に収載された比較的新しい診断概念です。デジタルゲームやビデオゲームに関する行動パターンが、次の4つの特徴をすべて満たす場合に診断されます。
- ゲームに対するコントロールの障害: 開始・頻度・時間・終了などを自分で調整できない
- ゲームの優先度が著しく高くなる: 日常の活動や関心ごとよりゲームが上位に来る
- 問題が起きてもゲームを続ける、またはエスカレートさせる: 健康、学業、人間関係に支障が出ているにもかかわらず止められない
- 生活の重要な領域に著しい支障が生じている: 個人、家族、社会、教育、職業などの分野で深刻な影響がある
これらの行動パターンは、通常少なくとも12か月間にわたって持続している必要があります。ただし、すべての要件を満たし症状が重い場合には、より短い期間でも診断が可能とされています。
ゲームを楽しんでいる人の大多数は、ゲーム行動症には該当しません。日常生活が送れている、学業や仕事に大きな影響がないのであれば、それは趣味の範囲です。「ゲームが好き=病気」ではありません。
ICD-11では、ゲーム行動症は「嗜癖行動による障害」のカテゴリに含まれています。ギャンブル障害と並ぶ位置づけで、物質を使わない行動嗜癖として分類されています。
どのような症状がみられるのか
ゲーム行動症では、こころ・からだ・生活のさまざまな面に影響が現れます。以下は、専門外来の受診データをもとにした代表的な症状です。
こころと行動の変化
- ゲーム以外の趣味や活動への関心が薄れる
- ゲームを中断されると強いイライラや攻撃性が出る
- 現実の生活よりゲームの世界に居場所を感じる
- 「あと少しだけ」が止められず、深夜や明け方まで続く
- ゲームに関する嘘やごまかしが増える
からだの不調
- 睡眠の問題: ほぼすべての患者さんにみられます
- 体力の低下: 部屋にこもりがちになることで運動不足が進みます
- 栄養の偏り: 食事が不規則になり、体重が大きく変動することがあります
- 目の疲れ: 長時間の画面注視による眼精疲労が生じます
生活への影響
専門外来の受診データでは、以下のような生活上の問題が高い割合で報告されています。
- 朝起きられない: 約80%の患者さんに該当
- 昼夜逆転: 約62%
- 学業や仕事のパフォーマンス低下: 約57%
- 物を壊す・家族への暴言: 約55%
- 欠勤・欠席: 約51%
受診する方の約70%は20歳未満で、約半数が中高生です。男性に多い傾向がありますが、近年は女性の受診も増えています。
どのくらいの人がゲーム行動症になるのか
ゲーム行動症の有病率は、調査方法や対象集団によって幅がありますが、世界的なメタ解析では全年齢でおよそ3%前後と推計されています。青少年に限ると約4〜5%という報告もあります。
日本国内では、10歳〜29歳を対象とした調査で男性の約7.6%、女性の約2.5%にゲーム行動症が疑われたとする報告がありますが、スクリーニング手法に対する批判もあり、数値の解釈には注意が必要です。
一般的な傾向として、女性より男性、年齢が低いほど有病率が高いとされています。新型コロナウイルス感染症の流行に伴う外出制限や在宅時間の増加が、ゲーム時間の延長や症状の悪化につながったとする研究も複数報告されています。
なぜゲーム行動症が起きるのか
ゲーム行動症は、ひとつの原因だけで起きるものではありません。本人の特性と周囲の環境が複合的に絡み合って発症すると考えられています。
本人の側の要因
- 脳の報酬系の働き: ゲームで得られる達成感や興奮が脳の報酬系を強く刺激し、その快感を繰り返し求めるようになります
- ほかのこころの不調との重なり: ADHD、抑うつ症(うつ病)、不安症などを抱えている場合、ゲームへの没頭が起きやすいことが知られています
- 対人関係の苦手さ: 現実の人間関係に困難を感じている方が、ゲーム内の関係に安心を求めることがあります
- 衝動性の高さ: 「今すぐ」の欲求を先延ばしにすることが難しい傾向
環境の要因
- 家庭内の問題: 家族間の不和やコミュニケーション不足が背景にあることがあります
- 学校や職場での居場所のなさ: いじめ、不登校、孤立などがゲームへの逃避を強めます
- ゲームへのアクセスのしやすさ: スマートフォンの普及で、いつでもどこでもゲームができる環境が整っています
- ゲーム自体の設計: 報酬の仕組みや課金モデル、仲間とつながる機能が、長時間のプレイを促す側面があります
ゲーム行動症は「意志が弱い」から起きるのではありません。進学や人間関係のストレス、家庭の問題など、現実生活のつらさがゲームへの没頭を深める背景になっていることが少なくありません。本人を責めるのではなく、なぜゲームにのめり込まざるを得なかったのかを理解することが、回復への第一歩です。
関連する疾患
ゲーム行動症は、ほかのこころの不調と重なって現れることが多い疾患です。片方だけに対処してもうまくいかないことがあり、全体を見渡して評価することが大切です。下の疾患名から、それぞれの詳しい解説ページに進めます。
- 依存症: ゲーム行動症は行動への依存の一つです。アルコールやギャンブルなど、ほかの依存と共通するメカニズムが指摘されています。
- 神経発達症(ADHD): ADHDはゲーム行動症に比較的高い割合で合併することが知られています。衝動性や注意の切り替えの難しさが背景にあると考えられています。
- 抑うつ症(うつ病): 気分の落ち込みや意欲の低下を紛らわせるためにゲームに没頭し、生活リズムの乱れがさらに気分を悪化させる悪循環が生じることがあります。
- 不安症: 対人場面での強い不安がゲームへの逃避につながり、社会参加がいっそう難しくなるケースがみられます。
- 不眠症: 深夜までのゲームが睡眠リズムを崩し、慢性的な不眠に発展することがあります。
治療の基本
ゲーム行動症の治療は世界的にもまだ発展の途上にありますが、いくつかのアプローチで効果が報告されています。治療の中心は、ゲームとの付き合い方を見直し、生活全体を立て直していくことにあります。
1. 評価と治療方針の決定
まず、ゲームの使用状況や生活リズム、からだとこころの状態を丁寧に把握します。ほかの精神的な不調が重なっていないかも確認し、一人ひとりに合った治療方針を検討します。
2. 心理療法
心理療法は、現時点で最もエビデンスが蓄積されている治療法です。ゲームにのめり込む背景にある考え方のクセ(認知)に気づき、対処の幅を広げていくことを目指します。個別で行う場合と、同じ悩みを持つ方同士のグループで行う場合があります。家族を含めた面接も、回復を支えるうえで有効とされています。
3. 薬物療法
ゲーム行動症に直接働きかける薬はまだ開発途上にあり、治療の中心は心理療法や環境調整です。一方、ADHDや抑うつ症が合併している場合には、それぞれの治療薬が結果的にゲームの問題の改善にもつながることがあります。主治医と相談しながら、必要に応じて薬の力も借りていきます。
4. 環境調整と生活の立て直し
治療の目標は、ゲームを完全に断つことではなく、自分でゲームとの距離をコントロールできる力を取り戻すことです。物理的にスマートフォンやゲーム機を取り上げるのではなく、生活リズムを整え、ゲーム以外の活動や人とのつながりを少しずつ広げていくアプローチが重視されています。
ゲーム行動症の回復は一直線ではなく、波があるのが普通です。「また長時間やってしまった」と落ち込むこともありますが、それは失敗ではなく回復の途中です。大切なのは、一人で抱え込まずに支援とつながり続けることです。
家族や周囲の方へ
ゲーム行動症のある方のご家族は、強い不安や無力感、怒りを感じていることが少なくありません。まず知っておいていただきたいのは、ご家族もまた支援の対象であるということです。
- 本人を責めないでください: 「意志が弱い」「だらしない」という言葉は、本人の自己否定を強め、かえってゲームへの逃避を深めることがあります
- ゲーム機やスマートフォンを一方的に取り上げるのは逆効果になりえます: 暴力やひきこもりの悪化につながるケースが報告されています
- まず会話を増やすことから始めてみてください: ゲームの話題でも構いません。本人が何に惹かれているのかを知ろうとする姿勢が、信頼関係の土台になります
- ご家族自身が専門家に相談することも大切です: 本人が受診を拒否している場合でも、家族だけで相談できる窓口があります
お子さんがゲームに没頭している場合、その背景に学校での孤立や家庭内のストレスが隠れていることがあります。ゲームの問題だけを切り取って対処するのではなく、生活全体を一緒に見直していく視点が回復を助けます。
早めに相談したいサイン
以下のようなサインが続いている場合は、精神科や心療内科、依存症の専門外来への相談を検討してください。
- ゲーム時間を減らそうとしても、繰り返し失敗する
- 学校や仕事を休んでまでゲームを続けている
- 昼夜が逆転し、食事や入浴もままならない日がある
- ゲームをやめるよう言われると、暴言や暴力が出る
- 家族や友人との関係が悪化している
- こうした状態が数か月以上続いている
よくある質問
ゲームが好きなだけでも病気ですか?
いいえ。ゲームを楽しむこと自体は健全な趣味です。ゲーム行動症と診断されるのは、コントロールがきかなくなり、学業や仕事、人間関係など生活の重要な部分に深刻な支障が出ている場合に限られます。好きなだけで長くプレイしていても、日常生活が送れているなら心配は要りません。
何歳くらいから問題になりますか?
専門外来の受診データでは、10代前半から20代前半が最も多い年齢層です。しかし、小学生の受診も増えており、年齢の下限は明確ではありません。大人になってから発症するケースもあります。年齢にかかわらず、生活に支障が出ていれば相談の対象です。
ゲームを完全にやめなければいけませんか?
必ずしもそうではありません。現代の生活ではインターネットやゲームを完全に避けることは難しく、多くの治療では「自分でコントロールできる状態」を目指します。ゲーム以外の活動や人とのつながりを広げながら、ゲームとの付き合い方を見直していく方針が一般的です。
本人が受診を嫌がる場合はどうすればよいですか?
まずはご家族だけで専門の窓口に相談することができます。各都道府県の精神保健福祉センターや依存症の専門外来では、ご家族からの相談にも対応しています。ご家族の関わり方が変わることで、本人の気持ちに変化が生まれることもあります。
まとめ
ゲーム行動症は、WHOがICD-11で正式に位置づけた疾患です。ゲームのコントロールが難しくなり、学校や仕事、人間関係に深刻な支障が生じている状態を指します。背景には、脳の報酬系の働きだけでなく、ストレスや人間関係の問題、ほかの精神的な不調との重なりがあることが多いとされています。
治療の中心は心理療法と環境調整です。回復には時間がかかることもありますが、支援につながることで、ゲームとの付き合い方を自分で選べる生活を取り戻していくことは可能です。ご本人はもちろん、ご家族だけでのご相談も受け付けています。気になることがあれば、どうぞお気軽にご連絡ください。

