「うちの子の特性は、遺伝なのでしょうか」。自閉スペクトラム症(ASD)のお子さんを育てるご家族から、当院でもよくうかがう問いです。遺伝という言葉から、「ひとつの原因」を思い浮かべるかもしれません。けれど、ASD の特性はそう単純には生まれません。近年の研究では、生まれつきの遺伝的な要因が深く関わることがわかってきました。ただ、ひとつの遺伝子が特性を決めるわけではありません。多くの遺伝子の小さな違いが積み重なり、まれに大きな変化が加わります。そこに環境との相互作用が重なって、特性は形づくられていきます。
遺伝と聞くと、「誰かのせいなのか」と身構えるかたもいます。けれど、知ることの意味はそこにはありません。お子さんやご自身の特性がどう生まれるのかを理解する。それが、適切な支援や環境調整につなげるための手がかりになります。
- ASD の特性には遺伝的な要因が大きく関わっている
- 「ひとつの遺伝子」ではなく、多くの遺伝子が少しずつ影響している
- 親から受け継ぐ変化だけでなく、新たに生じる変化も関係する
- 遺伝だけで決まるわけではなく、環境要因も影響する
- 遺伝の知識は「原因探し」ではなく、支援に役立てるもの
自閉スペクトラム症(ASD)について
ASD は神経発達症のひとつです。注意欠如・多動症(ADHD)などと同じグループに含まれます。コミュニケーションの独特なパターンと、強いこだわりを特徴とします。同じ診断でも、特性のあらわれ方は人によって大きく異なります。詳しくは自閉スペクトラム症(ASD)の基本解説をご覧ください。
ASD の特性にはどのくらい遺伝が関わるのか
いちばん知りたいのは、遺伝がどのくらい関わるのか、という点かもしれません。手がかりになるのが、双子や家族を対象にした研究です。そこから推計される割合は、64〜91%(双子研究のメタ解析による推計)とされています。これは、精神科の領域でもとりわけ高い数字です。一卵性の双子では、片方が ASD と診断されると、もう片方にも特性がみられやすいと報告されています。
ここで、「遺伝率が高い」の意味を確かめておきます。これは、集団全体でみたときに遺伝的な要因の影響が大きい、ということです。「親が ASD なら子どもも必ず ASD になる」という意味ではありません。遺伝の影響はあくまで確率的なもので、環境との相互作用の中であらわれ方は変わります。
ただし、その数字だけで安心も心配もできるわけではありません。関わる遺伝子の数は、数千にのぼると推定されています。ひとつひとつの影響はごく小さく、それらが組み合わさって全体のリスクが決まります。
遺伝にかかわるしくみ
その積み重なりは、ひとつのかたちでは説明できません。ASD に関わる遺伝的な変化は、大きく三つに分けて理解されています。この三つは、どれかを選ぶものではありません。ひとりの方の中で、複数のしくみが重なり合うこともあります。
ありふれた遺伝子の小さな違いの積み重ね
ひとつめは、誰もが持っているありふれた違いです。人間のゲノムには、ごく一般的な遺伝子の違いが数え切れないほどあります。そのひとつは、ASD のリスクをほんのわずかしか高めません。けれど、数百から数千の小さな違いが積み重なることで、全体としてのリスクが大きくなると考えられています。
この積み重ねは、大規模な解析で少しずつ姿を見せています。2019年には、大きな国際的研究が行われました。18,000人以上の ASD 当事者と、28,000人近い対照群を比べたものです。その結果、意味のある5つの遺伝子領域が同定されました。その後、さらに大規模な解析も報告されています。
まれだが影響の大きい遺伝子の変化
ふたつめは、逆にまれなものです。頻度は低いのに、ひとつの変化だけで大きな影響を持つ変異です。とくに注目されているのが、新生突然変異と呼ばれるタイプです。親のゲノムにはなく、子のゲノムに新しく生じた変化を指します。
ASD のある方では、この変異のうち、遺伝子のはたらきを損なうタイプが多く見つかります。その頻度は一般集団より高いと報告されています。とくに、家族内に ASD 当事者が一人だけの場合に目立ちます。2020年には、大規模なエクソーム解析(Satterstrom らの研究)が報告されました。ここでは、ASD に関連する102の遺伝子が同定されています。研究が進むにつれて、関連が示唆される遺伝子は増え続けています。
遺伝子の数が増えたり減ったりする変化
みっつめは、遺伝子の量そのものが変わるものです。染色体の一部が欠けたり、余分にコピーされたりします。ひとつあたりの影響は大きい一方、それぞれの頻度はごくまれです。こうした変化は、ASD のある方の1割から2割で見つかると報告されています。ただし、そのすべてが特性に結びつくと確かめられているわけではありません。
代表的なのは、16番染色体の一部や、15番染色体の一部の変化です。これらは ASD だけにとどまりません。知的障害や注意欠如・多動症(ADHD)など、ほかの神経発達症にも関わることがあります。てんかんとの関連も知られています。ひとつの遺伝子変化が、さまざまな特性につながりうる。そのことを示す例です。
遺伝子のはたらき方が変わるしくみ
先の三つは、遺伝子そのものが変わるしくみでした。けれど、配列が変わらなくても、はたらき方だけが変わることがあります。遺伝子に「読むな」という目印がつくと、本来はたらくはずの遺伝子が眠ったままになることがあります。ASD と関わりの強い遺伝子には、この目印を調節する機能をもつものが多いのです。配列だけでなく、はたらき方の調節も特性に関わると考えられています。
関連が報告されている主な遺伝子
では、実際にどんな遺伝子の名前が挙がっているのでしょうか。多くの独立した研究で、繰り返し報告される遺伝子があります。その機能を調べていくと、あることに気づきます。大きく三つの生物学的な経路に集まってくるのです。
- 神経のつなぎ目(シナプス)の形成と機能: 神経細胞が信号をやりとりする接合部の構造や伝達を担う遺伝子群です。SHANK3が代表的で、関連が報告されているSHANK2なども含まれます。シナプスの足場をつくるタンパク質に関わっています。
- 遺伝子の読み取りを調節するしくみ: 遺伝子がいつ、どこで、どのくらい活性化するかを制御する遺伝子群です。CHD8が代表的で、KMT2Cなども含まれます。ほかの多くの遺伝子のはたらき方に広く影響を与えます。
- 脳の発達プログラム: 胎児期に大脳皮質の神経細胞が分裂し、正しい場所へ移動して層をつくります。その過程を担う遺伝子群です。DYRK1Aなどが知られています。
名前も役割もばらばらに見えます。けれど、ASD に関わる遺伝子は多種多様でも、その機能はいくつかの共通した経路に集まると考えられています。多様な遺伝的背景から似た特性が生まれる理由の、ひとつと考えられています。
なぜ男性に多いのか
ASD は、男性のほうが診断される割合が高いことが知られています。報告によって幅がありますが、おおよそ3〜4倍とされています。なぜこれほど差があるのかと思うかもしれません。この性差の背景にも、遺伝的なしくみが関わっていると考えられています。
最近の研究では、ひとつの仮説が支持されています。女性が ASD の特性を示すには、男性より多くの遺伝的リスクの蓄積が必要だ、という見方です。実際、ASD と診断された女性では、こんな傾向が見られます。新生突然変異や、染色体の大きな変化の負荷が、男性より高いと報告されています。女性には何らかの「保護的なしくみ」がある可能性が示唆されています。ただ、その全体像はまだわかっていません。
女性の ASD は、特性が目立ちにくく、診断が遅れやすいことも知られています。「女性だから ASD ではない」ということはありません。性別にかかわらず、生活のしづらさを感じたら、早めに相談してみてください。
ASD と遺伝的な背景を共有しやすい状態
ASD の遺伝的な背景は、ASD の中だけで完結しません。ほかの精神疾患や神経発達症とも、一部が重なっています。同じ遺伝子の変化が、ある方では ASD の特性として、別の方では違う状態の症状としてあらわれることがあります。だからこそ、併存しやすい状態を知っておくと、支援につなげやすくなります。
- 注意欠如・多動症(ADHD): ASD と遺伝的なリスクの一部を共有しています。両方の特性を持つ方は少なくありません。不注意や衝動性が目立つとき、ADHD の併存を検討することがあります。
- 抑うつ症(うつ病): 社会的な困難やストレスの蓄積から、二次的に気分の落ち込みが生じることがあります。遺伝的な重なりも報告されています。
- 不安症: 感覚の過敏さや対人関係の緊張から、強い不安を抱えやすい傾向があります。遺伝的な重なりについては、まだはっきりわかっていません。
- 統合失調症: 大規模な遺伝子解析で、ASD との遺伝的な重なりが報告されています。思春期以降に、これまでと様子が大きく変わったと感じたときは、主治医にご相談ください。
- 不眠症: 感覚過敏や生活リズムの特性から、睡眠の問題を抱える方が多くみられます。遺伝的な重なりについては、まだ研究の途上にあります。
遺伝がわかっても、支援で変わること
遺伝と聞くと、「もう変えられない」と感じるかもしれません。けれど、遺伝的な背景があっても、支援で変わらないということはありません。環境調整や心理社会的なサポートで、暮らしやすさは大きく変わります。特性を「なくす」のではなく、その方がより暮らしやすくなる方法を、一緒に探していきます。
併存する不安や抑うつ、不眠などには、薬物療法が役立つこともあります。ASD の支援や治療のくわしい内容は、自閉スペクトラム症(ASD)の基本解説もあわせてご覧ください。
家族や周囲の方へ
ASD の遺伝を知ったとき、ご家族が自分を責めてしまうことは少なくありません。けれど、遺伝は「誰かの責任」で起こるものではありません。人間の遺伝には、誰にもコントロールできない複雑なしくみが関わっています。
ASD の特性は、ひとつの原因から生まれるのではありません。数千の遺伝子の小さな違いや、受精の前後に偶然生じる変化の組み合わせです。「育て方が悪かった」「家系のせいだ」という考え方は、科学的にも支持されていません。大切なのは、原因を探すことよりも、いま目の前のお子さんやご家族が暮らしやすくなる方法を、一緒に考えることです。
ご家族自身も、ストレスを感じやすい立場にいます。ひとりで抱え込まず、医療機関や支援機関に相談することを、遠慮しないでください。
早めに相談したいサイン
ASD の特性は、早い段階で気づいて支援につなげると、その後の暮らしやすさが変わってきます。次のようなサインがあるときは、精神科や発達外来に相談してみてください。
- 人との会話や関わり方で繰り返し困難を感じている
- 感覚の過敏さや鈍さが日常生活に支障をきたしている
- こだわりや習慣の変更がとても苦痛に感じる
- 学校や職場で「なじめない」と感じ続けている
- 強い不安や気分の落ち込みが続いている
- 家族として、お子さんの発達に心配がある
「こんなことで相談していいのかな」と思ったときこそ、相談のタイミングです。当院では、ASD の特性評価や併存症の治療について、ご相談を受け付けています。
つらさを抱えて、追い詰められていると感じるときは、次の相談窓口も利用できます。
- いのちの電話: 0570-783-556(毎日10時〜22時)/フリーダイヤル 0120-783-556(毎日16時〜21時、毎月10日は8時〜翌日8時)
- よりそいホットライン: 0120-279-338
よくある質問
親が ASD だと子どもも必ず ASD になりますか?
いいえ、必ずなるわけではありません。ASD には遺伝的な要因が大きく関わります。ただ、関わる遺伝子は数千にのぼり、ひとつの影響は小さいものです。そこに環境との相互作用も加わります。親が ASD の特性を持っていても、お子さんに同じ特性があらわれるとは限りません。逆に、ご家族に診断がなくても、新しく生じた遺伝子の変化で特性があらわれることもあります。
遺伝子検査で ASD かどうかわかりますか?
現時点では、遺伝子検査だけで ASD を診断することはできません。関わる遺伝子が多く、個人のリスクを正確に予測する段階には至っていないためです。ASD の診断は、行動の観察や発達歴の聴取など、臨床的な評価にもとづいて行われます。遺伝子検査は、特定の遺伝性疾患との関連が疑われるときに、補助的に使われることがあります。
遺伝なら変わらないのではないですか?
そんなことはありません。環境調整や心理社会的なサポートによって、生活のしやすさは大きく変わります。併存する不安や抑うつには、薬物療法が役立つこともあります。特性を「なくす」のではなく、その方がより暮らしやすくなる方法を見つけていく。その視点が大切です。
きょうだいへの影響はありますか?
ひとりのお子さんが ASD と診断された場合、きょうだいにも特性がみられる確率は、一般集団より高くなります。ただし、きょうだい全員にあらわれるわけではありません。気になるときは、きょうだいの発達についても、早めに専門家へ相談しておくと安心です。
まとめ
「うちの子の特性は、遺伝なのでしょうか」。この問いに立ち返ります。ASD の特性には、集団全体でみると遺伝的な要因が大きく関わります。双子の研究では64〜91%と推計されています。ひとりの方の特性がその割合で決まるという意味ではありません。関わる遺伝子は数千にのぼります。そのうち、影響の大きい遺伝子として繰り返し報告されているものがあります。それらのはたらきは、いくつかの共通した経路に集まると考えられています。「神経のつなぎ目の機能」「遺伝子の読み取り制御」「脳の発達プログラム」です。ひとつの遺伝子で決まるのではありません。小さな違いの積み重ねと、まれに生じる大きな変化、そして環境との相互作用で、特性は形づくられます。
遺伝について知ることは、「誰のせいか」を問うことではありません。お子さんやご自身の特性を理解し、より暮らしやすい環境を整えるための手がかりです。ASD の特性や併存する症状でお困りのことがあれば、当院にご相談ください。回復に向けた方針を、一緒に考えてまいります。
あわせて読みたい
参考文献
- 国立精神・神経医療研究センター こころの情報サイト
- Grove J, et al. Identification of common genetic risk variants for autism spectrum disorder. Nature Genetics, 2019; 51(3): 431-444.
- 日本医療研究開発機構(AMED)「自閉スペクトラム症患者に生じている遺伝子突然変異が脳の発達や社会性に異常をもたらす分子メカニズムを解明」
- Tick B, et al. Heritability of autism spectrum disorders: a meta-analysis of twin studies. Journal of Child Psychology and Psychiatry. 2016.
- Satterstrom FK, et al. Large-Scale Exome Sequencing Study Implicates Both Developmental and Functional Changes in the Neurobiology of Autism. Cell. 2020.
- La Monica I, et al. Autism Spectrum Disorder: Genetic Mechanisms and Inheritance Patterns. Genes, 2025; 16(5): 478.
- Abedini SS, et al. A critical review of the impact of candidate copy number variants on autism spectrum disorder. Mutation Research – Reviews in Mutation Research. 2024.
- Shaw KA, et al. Prevalence and Early Identification of Autism Spectrum Disorder Among Children Aged 4 and 8 Years – Autism and Developmental Disabilities Monitoring Network, 16 Sites, United States, 2022. MMWR Surveillance Summaries. 2025.

