聴力検査では「正常」と言われます。それなのに、会議の言葉がつかめません。騒がしい場所では会話についていけず、電話の声は意味として入ってきません。「聞こえているのに、言葉として聞き取れない」。この困りごとを正確に表すのが、聴覚情報処理障害(聞き取り困難症)です。この体験は、自閉スペクトラム症(ASD)の感覚特性と重なる部分が大きいものです。両者が同時に存在するケースも多くみられます。
なぜ重なるのか、どう見分けるのか、そしてどう支えられるのか。このページで順に整理します。ASD の基本的な特徴については自閉スペクトラム症についてもあわせてご覧ください。まずは、次のような場面に心当たりがないか確かめてみてください。
- 人の話を何度も聞き返してしまう
- 騒がしい場所では会話の内容がつかめない
- 口頭の指示を覚えておけず、仕事や学業でミスが増える
- 電話や早口の話が聞き取りにくい
- 特定の音がとても不快で、集中が途切れてしまう
聴覚情報処理障害とはどのような状態か
音そのものは、耳に届いています。つまずきが起こるのは、その音が何を意味するかを脳で処理する段階です。聴覚情報処理障害とは、脳での音声処理がうまくいかず、言葉の聞き取りに困難が生じる状態を指します。耳の構造には異常がありません。だから聴力検査では「正常」と判定されます。そして正常と言われるからこそ周囲に気づかれにくく、本人も原因がわからないまま苦しむことがあります。
聴覚情報処理障害は「難聴」とは異なります。難聴は、耳の器官に問題があり、音そのものが届きにくい状態です。聴覚情報処理障害では、音は届いているのに脳での処理がうまくいきません。見た目にはどちらも「聞き取りにくい」ように映りますが、原因も対処法も異なります。
どのくらいの人にみられるのでしょうか。報告により異なりますが、学齢期の子どもの数%程度に認められるとされています。2024年の本邦の手引きも、有病率を確定する数値は示していません。海外の報告をもとに、全人口の0.5〜1%程度という推測が紹介されています。大人にも、潜在的な患者さんは少なくありません。そして2024年3月には、日本で初めてとなる診断基準案が策定されました。
ASD との関係:なぜ聞き取りの困難が重なるのか
ASD は、対人関係とコミュニケーションの困難、こだわりの強さを主な特徴とする神経発達症です。詳しくは自閉スペクトラム症についてで解説しています。聞き取りの話に、なぜ ASD が出てくるのでしょうか。接点は感覚にあります。ASD の方の多くは、感覚の処理に独特の特性をもっています。その聴覚面の特徴が、聴覚情報処理障害と似た「聞き取りのつらさ」を生み出します。
ASD の方に多くみられる聴覚の特徴として、次のようなものがあります。
- 聴覚過敏: 掃除機の音、チャイム、赤ちゃんの泣き声など、特定の音を極端に不快に感じます。耳をふさいだり、パニックになったりすることもあります
- 音への順応の困難: 環境音に慣れる力が弱く、雑音がいつまでも同じ強さで聞こえ続けます。そのため、必要な声に集中しにくくなります
- 音の選別の難しさ: 複数の音源がある場所で、目的の声だけを拾う力が働きにくい特性です。周囲の音がすべて同じ大きさで聞こえてしまうことがあります
- 聴覚的な短期記憶の弱さ: 耳から入った言葉を保持しながら意味を処理することにつまずきやすく、長い話の前半が抜け落ちやすくなります
聞き返しの多さ、騒がしい場所でのつかめなさ。冒頭に挙げた困りごとと、重なるところがあるのではないでしょうか。聴覚情報処理障害と ASD は直接の原因と結果の関係にはないものの、臨床的には高い頻度で重なって現れます。ASD に伴う音への順応の難しさや聴覚過敏が、聞き取りの困難をいっそう強めている構図です。一方で、ASD の方は視覚的な情報処理が得意なケースが多くみられます。文章を読んで理解する力で、日ごろの聞き取りの弱さを補っている方も少なくありません。
聴覚情報処理障害と ASD の見分け方
では、自分の聞き取りにくさはどちらから来ているのでしょうか。訴えは同じ「聞き取れない」でも、背景にある仕組みが異なります。両者を区別することが難しい場合もありますが、次の点が参考になります。
- 困りごとの場面: 聴覚情報処理障害は、騒がしい場所や電話、早口の場面で著しく悪化します。ASD の感覚過敏による不快感は場面を問わず生じやすく、金属音など特定の音が引き金になることも特徴です
- 他の感覚の状態: ASD では、視覚や触覚、嗅覚など複数の感覚で過敏や鈍麻が重なることが多くみられます。聴覚だけが突出しているケースは、比較的まれです
- 対人関係とコミュニケーションの特性: 聞き取りとは別の場面でも、人との関わりや会話のやり取りに独特の特性がみられることがあります。その場合は、ASD の評価が重要になります
- 聞き取りの検査の結果: 聴覚情報処理障害では、静かな環境での聴力検査や語音聴力検査(言葉を聞き分ける検査)は正常です。困難が現れやすいのは、雑音の中での聞き取りを調べる検査や、聴覚情報処理の検査です
もっとも、実際には「どちらか一方」と割り切れないケースが大半です。両者は同時に存在することも多いためです。だからこそ、記憶や注意の検査、発達特性の評価を組み合わせた総合的なアセスメントが大切です。耳鼻咽喉科と精神科・心療内科の両方で、評価を受けることが望ましい場合もあります。
診断の現状
その評価は、どこで受けられるのか。実は聴覚情報処理障害には、長年にわたり標準的な診断基準がありませんでした。状況が変わったのは、2024年3月です。「聞き取り困難症の診断と支援の手引き」の第一版が策定されました。通常の聴力検査と語音聴力検査に異常がなく、かつ聞き取り困難の自覚症状がある場合に診断できるとされています。語音聴力検査まで行える耳鼻咽喉科であれば、評価が可能です。
聞き取りの困難の背景には、ASD や注意欠如・多動症(ADHD)、不安症などが関わり得ます。だからこそ、聴覚の検査だけでなく、発達特性の評価も組み合わせることが重要です。
支援の工夫:聴覚情報処理障害と ASD が重なる場合
評価の先にあるのは、日々の暮らしの工夫です。聴覚情報処理障害と ASD が重なる場合、支援の柱は三つあります。環境を整えること、テクノロジーを活かすこと、感覚特性への理解を深めることです。この三つを組み合わせることが基本になります。
1. 環境調整
まず変えられるのは、音の環境そのものです。教室や職場では、窓を閉めて外部の騒音を減らします。カーペットやカーテンで音の反響を抑え、話す人の近くに席を確保する工夫も有効です。伝え方にも配慮が求められます。静かな場所に移動してから話す。短い文で区切る。大事なポイントは繰り返す。メモや図、絵カードなど、視覚的な手がかりを併用する方法も推奨されています。
ASD に伴う聴覚過敏がある場合は、「慣れさせる」のではない支援が有効とされています。不快な音から、自分で安全に離れられる方法を身につける支援です。安全に回避できる体験が積み重なることで、かえって不安が和らぎ、活動の幅が広がっていくと報告されています。
2. 補聴補助機器とテクノロジーの活用
聴力に問題がなくても、機器やテクノロジーが大きな助けになります。リモートマイクシステムは、話す人の声を直接イヤホンに届けて、雑音の影響を減らします。ノイズキャンセリングイヤホンやデジタル耳栓も、不要な環境音を抑える手段として有効です。
音声をリアルタイムで文字に変換するアプリも役立ちます。ASD の方は、視覚的な情報処理が得意なケースが多いためです。耳からの情報を目で確認できるようにするだけで、理解が大きく改善することがあります。
3. 心理的支援と併存症への対応
聞き取りの困難は、本人にとって大きな心理的負担となります。「聞いていないと思われる」「何度言ったらわかるのかと叱られる」。こうした体験が積み重なると、自己肯定感が下がり、二次的な不安や気分の落ち込みにつながることがあります。
心理的な支援では、自分の特性を正しく理解すること、困った場面での対処法を身につけることが大切です。必要に応じて、周囲に助けを求める力を育てることも含まれます。不安症や抑うつ症が併存している場合は、そちらへの治療も並行して進めます。一般的な ASD の支援については自閉スペクトラム症についてもご参照ください。
関連する疾患
聞き取りの困難に重なるのは、ASD だけではありません。ほかのこころの不調と重なって現れることもあり、あわせて評価することが大切です。
- 神経発達症(ADHD): 注意の持続が難しい特性が、聞き取りの困難と重なりやすい状態です。聞いているつもりでも情報が抜け落ちやすく、聴覚情報処理障害との見分けが難しいことがあります。
- 不安症: 強い不安や緊張のなかでは、注意が内面に向きやすくなります。外からの音声情報を処理する余裕が減ることがあります。
- 抑うつ症(うつ病): 気分の落ち込みや意欲の低下に伴い、集中力が下がることで聞き取りにくさが強まることがあります。
- 適応反応症: 環境の変化によるストレスが大きいとき、聞き取りの困難が目立ってくることがあります。
家族や周囲の方へ
聴覚情報処理障害や ASD に伴う聞き取りの困難は、周囲から見えにくい障壁です。「聞こえているのに理解できない」という状態は、本人の意思や努力の問題ではありません。「ちゃんと聞いていないのでは」と責めるのではなく、聞き取りやすい環境を一緒に整えていく姿勢が支えになります。
日常で心がけていただきたいことがあります。テレビや音楽を消してから話しかける。対面で目を合わせてから話し始める。一度にたくさんの指示を出さない。大事な連絡は、メモやホワイトボードでも共有する。こうした小さな配慮の積み重ねが、ご本人の聞き取りやすさを大きく変えます。
ご家族自身が不安や疲れを感じることも、自然なことです。一人で抱え込まず、医療機関や地域の支援センターに相談してください。
早めに相談したいサイン
以下のような状態が続いているときは、精神科・心療内科や耳鼻咽喉科への相談をおすすめします。
- 聞き返しや聞き間違いがとても多く、仕事や学業に支障が出ている
- にぎやかな場所での会話がほとんどつかめない
- 聞き取りの困難がきっかけで、人づきあいを避けるようになった
- 「自分はおかしいのではないか」と強く悩み、気分が沈んでいる
- お子さんが聞き返しや指示の聞き落としを繰り返している
聞き取りの困難は、適切な評価と支援によって暮らしやすさが変わります。「聴力は正常だから大丈夫」と言われても、日常で困っているなら、それは相談してよい状態です。
こころの不調が深くなり、日常生活が難しくなっているときは、一人で抱えないでください。相談できる窓口があります。いのちの電話 0570-783-556(毎日10時〜22時)/フリーダイヤル 0120-783-556(毎日16時〜21時、毎月10日は8時〜翌日8時)、よりそいホットライン(0120-279-338)でも、つらさを聞いてもらうことができます。
よくある質問
聴覚情報処理障害は治りますか?
支援の中心は、環境調整やテクノロジーの活用、聞き取りのトレーニングです。背景に不安症や抑うつ症などのこころの不調があることもあります。その場合は、そちらの治療を進めることで、聞き取りやすさが改善することもあります。支援の方法は一人ひとり異なります。まずは状態を丁寧に評価することが大切です。
聴力検査で異常がないのに、相談してもよいのでしょうか?
聴力検査で「正常」と判定されること自体が、聴覚情報処理障害の特徴です。「音は聞こえているのに言葉がわからない」。この状態には、脳の情報処理や発達特性が関わっている可能性があります。困りごとがあれば、ぜひご相談ください。
何科を受診すればよいですか?
まず耳鼻咽喉科で、聴力と語音聴力の検査を受けることをおすすめします。聴力に問題がなく、発達の特性やこころの不調が背景にありそうな場合もあります。そのときは、精神科・心療内科でも評価を受けると支援の幅が広がります。両方の診療科が連携して対応できると理想的です。
大人になってから聞き取りの困難に気づくことはありますか?
あります。学生時代は、視覚的な学習で聞き取りの弱さを補えていた方がいます。就職後に電話対応や会議が増え、困難が顕在化するケースは珍しくありません。大人になってから ASD や ADHD と診断され、同時に聞き取りの困難が明らかになることもあります。
まとめ
「聞こえているのに、言葉として聞き取れない」。この体験は周囲に理解されにくく、本人を孤立させやすい困りごとです。聴覚情報処理障害と自閉スペクトラム症は、その見えにくいつらさを通じて、深く関わり合っています。
それでも、この分野は大きく前進しています。2024年には日本初の診断基準案が策定され、テクノロジーを活用した新しい支援も登場しています。正しく評価を受け、ご自身に合った支援につなげることで、日々の暮らしやすさは変えていくことができます。聞き取りのつらさを感じている方は、どうぞ一人で抱え込まず、当院にご相談ください。

