躁うつ混合状態(mixed state / mixed features)は、「うつ」と「躁(または軽躁)」の症状が同時に存在する状態であり、双極性障害(bipolar disorder)の中でも特に診断と治療が難しい重症タイプです。
◆ 基本定義:DSM-5における「躁うつ混合状態(混合特徴)」
DSM-5では、うつ・躁・軽躁の各エピソードに「混合特徴付き(with mixed features)」という指定をつける形で定義されています。
▶ 代表的な組み合わせ:
主たるエピソード | 混在する症状 | 結果 |
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うつ状態(主) | 焦燥感・多弁・思考の飛躍などの躁症状 | 混合うつ状態 |
躁状態(主) | 自責・涙もろさ・絶望感などのうつ症状 | 混合躁状態 |
軽躁状態(主) | 不安・不眠・焦燥・抑うつ気分 | 混合軽躁状態 |
◆ 典型的な症状の組み合わせ
項目 | 内容 |
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感情 | 抑うつと興奮が交互に現れる(例:涙ぐみながら怒鳴る) |
思考 | 自殺願望があるがエネルギーがあり実行力もある(非常に危険) |
行動 | 焦燥的・衝動的な行動。じっとしていられず、同時に絶望している |
認知 | 自責的思考と誇大的思考が交錯(例:「自分には価値がない」→「でも何でもできる気がする」) |
✅ 重要ポイント:うつ状態よりも自殺リスクが高く、気分が安定していないため、臨床上は特に注意を要する。
◆ 症状をイメージする例(混合うつ状態)
項目 | 例 |
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気分 | 「死にたいほど辛いけど、じっとしていられない」 |
エネルギー | 倦怠感はあるが、頭は興奮している |
行動 | 焦燥的に歩き回る、自傷・暴言・衝動行動 |
認知 | 「人生終わりだ。でもなぜかアイデアが湧く」 |
◆ 神経生物学的な背景(仮説)
項目 | 内容 |
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神経伝達物質の不均衡 | セロトニン(5-HT)、ドーパミン(DA)、ノルアドレナリン(NA)の複雑な相互作用 |
前頭前野・扁桃体の異常 | 感情制御と衝動調節がうまくいかない |
睡眠と概日リズムの乱れ | 睡眠障害は混合状態の前兆になりやすい |
◆ 混合状態のリスクと臨床的重要性
リスク | 内容 |
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自殺リスクの高さ | 「抑うつ」と「行動力」の同居は自殺実行率を大きく高める |
薬物治療の難しさ | 抗うつ薬単独使用で悪化する可能性あり |
誤診 | 単極性うつ病と誤診されやすい(特に混合うつ状態) |
◆ DSM-5での診断基準(要点)
「大うつ病エピソード」or「躁・軽躁エピソード」に以下の3つ以上の“逆の極”の症状がある:
混合に現れる症状の例(躁的特徴) |
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気分の高揚または易怒性 |
活動量の増加または多弁 |
睡眠欲求の低下 |
思考の飛躍・注意散漫 |
衝動的・危険な行動(浪費・性的逸脱) |
◆ 治療の原則:安定化が最優先
治療法 | 注意点 |
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気分安定薬(第一選択) | リチウム、ラモトリギン、バルプロ酸など |
抗精神病薬(第二選択) | クエチアピン、アリピプラゾールなど。混合状態には有効なことが多い |
抗うつ薬の単独使用は避ける | 軽躁・躁転や混合化のリスクあり。必ず気分安定薬と併用することが原則 |
心理療法 | 生活リズムの安定とストレス対処が中心(感情調整スキル) |
入院 | 自殺リスク・衝動性が高い場合には早期に入院対応を検討 |
◆ 図解:混合状態の位置づけ(双極スペクトラムモデル)
←───── 単極性うつ ───── 混合うつ ──── 混合躁 ───── 軽躁/躁 ─────→
↑ ↑
うつ主成分 躁主成分
◆ まとめ:混合状態の本質
観点 | 内容 |
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精神力動的側面 | 抑うつの下に躁的自己像が潜在している(ナルシシズムと無価値感の交錯) |
臨床的特徴 | 非常に苦痛が強く、診断・治療ともに困難だが、見逃されやすい |
対応の鍵 | 自殺予防・気分安定・衝動管理・生活リズム安定が治療の柱 |
