自傷行為の精神病理 (音声により解説します)
自傷行為(self-injury/self-harm)とは、自らの身体を意図的に傷つける行為を指します。臨床現場では「リストカット」「過食・嘔吐」「殴打」「髪を抜く」「皮膚をひっかく・焼く」など、多様な形態が見られます。
以下では、自傷行為の精神病理について、精神医学・臨床心理学・神経科学・発達心理学の視点から体系的に解説します。
🔎 目次
- 自傷行為の定義と分類
- 自傷の主な心理的・精神病理的機能
- 関連しやすい精神疾患・パーソナリティ特性
- 神経科学的視点(脳・神経・ホルモン)
- 自傷行為の発症・経過・予後
- 文化・社会的背景とジェンダー差
- 治療的アプローチと支援モデル
- まとめ(自傷は“叫び”である)
1. 🩸自傷行為の定義と分類
■ 定義:
医学的には、「死の意図を伴わない身体自己損傷(NSSI: Non-Suicidal Self-Injury)」を自傷行為とする。
■ 分類:
タイプ | 行動例 | 備考 |
---|---|---|
直接的自傷 | リストカット、火傷、打撲 | 血を見る・痛みを伴う |
間接的自傷 | 過食・拒食、アルコール依存、危険な性行為 | 自己管理困難な場合あり |
衝動的自傷 | 急に起こる強い行動 | BPDやADHD傾向と関係 |
慣習的自傷 | 一定パターンで繰り返す | ASD傾向者にも見られる |
2. 💔 自傷行為の主な精神病理的機能(目的)
心理機能 | 内容 | 説明 |
---|---|---|
① 情動調整機能 | 強い不安・怒り・虚無を「痛み」で抑える | 痛みによる“感情の上書き” |
② 自己処罰・贖罪機能 | 「悪い自分」を罰したい | 完璧主義・罪悪感の裏返し |
③ 空虚感への刺激補充 | 感情が麻痺している中で“生きてる感覚”を得る | BPDや解離性障害に多い |
④ コントロール機能 | 他人に支配された感覚をリセットしたい | トラウマ被害者に多い |
⑤ 他者への訴え・転移 | 「助けてほしい」が言葉にならない | アタッチメント不全型に多い |
⑥ 習慣化・依存化 | 続けるうちに「やめられなくなる」 | 快感閾値が低下し中毒に近づく |
💡 特に「情動調整」と「自己罰」は中核的動因であり、治療の焦点となることが多いです。
3. 🧠 関連しやすい精神疾患・パーソナリティ
カテゴリ | 疾患・特徴 | 自傷との関係 |
---|---|---|
パーソナリティ障害 | 境界性パーソナリティ障害(BPD) | 自傷は診断基準にも含まれる |
情緒障害 | うつ病、双極性障害 | 抑うつ・混合状態でリストカットなど |
神経発達症 | ADHD・ASD | 衝動性や感覚調整困難による |
解離性障害 | 解離性同一性障害など | 自傷時の記憶がないことも |
PTSD・複雑性PTSD | 虐待・性被害歴がある人に多い | コントロール回復としての自傷 |
摂食障害 | 過食・嘔吐・拒食 | 間接的自己破壊的行為 |
4. 🧬 神経科学的視点:自傷時の脳とホルモン
項目 | 内容 |
---|---|
内因性オピオイド系 | 痛みでβエンドルフィンが分泌 → 快感や安心感 |
ドーパミン | 自傷で「報酬系」が刺激 → 依存傾向を強化 |
セロトニン低下 | 衝動性・抑うつ・情動不安定と関係 |
扁桃体の過敏性 | 感情的反応が過剰になりやすい |
前頭前野の機能低下 | 衝動抑制が困難になる |
💡 自傷行為は神経化学的な快感・ストレス緩和にもつながるため、「脳が学習してしまう」依存的側面があると考えられます。
5. 📉 自傷の発症・経過・予後
フェーズ | 内容 |
---|---|
発症時期 | 多くは思春期〜青年期。特に14〜25歳で多発 |
継続パターン | 一時的に収まっても、ストレス期に再発しやすい |
自殺との関係 | 原則は「死にたいわけではない」が、繰り返すことで自殺リスクが上がる |
慢性化の危険 | 周囲の無理解、否定、羞恥が継続を助長する場合もある |
6. 🌍 社会文化的背景とジェンダー
- 若年女性に多い(BPD・摂食障害・トラウマ傾向)
- SNSやネット文化による模倣・同一化(自傷を肯定する“居場所”)
- 男性では「酒」「殴打」「過労」など間接的自傷が多い傾向
- 日本の「我慢・自己犠牲」文化との親和性
7. 🩺 治療的アプローチと支援
■ 心理療法的対応
モデル | 具体例 | 目的 |
---|---|---|
DBT(弁証法的行動療法) | 境界性人格・感情調整不全に特化 | 衝動・感情の扱い方を学ぶ |
CBT(認知行動療法) | 歪んだ思考パターンに働きかける | 自罰・否定的スキーマへの介入 |
自己洞察・マインドフルネス | 感情・身体感覚への気づき | 自傷の前兆に対応できる力を育てる |
愛着アプローチ | 安定した支援者・関係の形成 | 他者に頼る経験の再獲得 |
■ 環境的対応
- 否定せず、意味や背景に寄り添う姿勢が大前提
- 「やめること」より、「どう支えるか」「どう言語化するか」
- 学校・家庭・医療の連携が不可欠
8. ✨ まとめ:自傷とは「言葉にならない叫び」
自傷は「死にたい」というより、「生きる苦しさをどうにかしたい」という非言語的な表現です。
- 自傷は“悪”ではなく、“痛みのサイン”
- 背景には愛着・感情調整・自己否定・トラウマがある
- 否定や説得ではなく、「理解しようとする姿勢」が回復への第一歩

自傷行為の精神病理 (音声により解説します)