統合失調症における「自閉(autism)」とは、現代で一般に使われる「自閉スペクトラム症(ASD)」とは異なる概念であり、内界(内的世界)へのひきこもり、対人関係や現実との接触の断絶状態を意味します。これは統合失調症の中心的な精神病理のひとつとして、古典的精神病理学から現代の臨床まで深く研究されてきました。
■ 統合失調症における「自閉」の定義
観点 | 内容 |
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古典的定義(ブロイラー) | 現実からの逸脱と、内的思考・妄想・象徴的世界への没入 |
精神病理的理解 | 外界や他者からの刺激を「侵入」と感じ、自己を守るために内的世界に退避する |
行動的特徴 | 他人との交流の喪失/独語・独笑/非現実的な言動/閉じこもり |
■ 自閉と「現実検討力の喪失」
統合失調症の自閉では、現実検討能力(reality testing)が低下または喪失しているため、以下のような特徴が見られます。
項目 | 内容 |
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妄想世界に住む | 自分だけの理論・世界観を構築し、それが唯一の現実となる |
自我境界の崩壊 | 自他の区別が曖昧になる(「他人の考えが聞こえる」「心が読まれている」など) |
他者との共有の断絶 | コミュニケーションが一方通行/言葉が通じない感覚 |
■ 「自閉」の精神病理的構造モデル(簡略図)
① 外界・現実との接触が不安・恐怖に満ちている
↓
② 内的世界(妄想・空想・象徴世界)に引きこもることで「自我の統一性」を保とうとする
↓
③ 他者・社会から遮断される(対人接触が負担に)
↓
④ 他者からは「自閉」「奇妙」「非社会的」と見える状態になる
■ 自閉と統合失調症の各症状との関連
症状 | 自閉との関係 |
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陰性症状(感情鈍麻・無為) | 対人関係や外界への興味が喪失し、内的世界に閉じこもる |
妄想(関係妄想・宗教妄想など) | 他者や世界と共有されない内的現実に固着 |
自我障害(思考伝播・作為体験など) | 自他境界が曖昧になり、自己の内的世界を守ろうとする「自閉化」反応が強まる |
言語の逸脱(言語新作・文脈破綻) | 内的連想によって生み出された意味が、対人的文脈から離れていく |
■ ASDの「自閉」との違い
項目 | 統合失調症における自閉 | 自閉スペクトラム症(ASD) |
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発症時期 | 思春期以降が多い | 乳幼児期からの発達的特徴 |
原因 | 精神病的脱線、自己崩壊防衛 | 神経発達症としての脳機能の偏り |
現実検討 | 明確に失われる(妄想・幻覚) | 基本的には保持される(ただし苦手さあり) |
対人関係 | 回避または敵意的遮断 | 興味が薄い/方法が分からない/誤解される |
可逆性 | 寛解とともに自閉が軽減する場合あり | 一生涯を通じた特性として安定しやすい |
■ 臨床場面での自閉的特徴(統合失調症)
行動 | 解釈 |
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一人でブツブツ話す/笑う | 内的妄想世界との対話(現実との切断) |
目を合わせない/表情が乏しい | 外界刺激の遮断、自己保護 |
話が飛躍・支離滅裂になる | 内的連想が論理より優先される |
現実の出来事を非現実的に解釈 | 妄想・象徴思考の優位 |
■ 治療的アプローチ
方法 | 内容 |
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薬物療法 | 抗精神病薬により妄想・幻覚・不安を軽減し、自閉からの離脱を促進 |
作業療法・芸術療法 | 間接的な表現手段を通じて、内的世界と現実をつなげる |
対人リハビリテーション | SST(社会生活技能訓練)によって対話・関係スキルの再学習を行う |
安全な関係性の提供 | 自閉を急激に打ち破るのではなく、「受け入れられる経験」を通じて再び他者との関係を築く |
■ まとめ
統合失調症における「自閉」とは:
- 現実との接触からの退避であり、内的妄想世界への没入
- 他者との関係性から自我を守るための深層的な防衛反応
- 妄想・幻覚・自我障害と一体化して発現する中心的病理
したがって、統合失調症における「自閉」は、単なる対人不全ではなく、自我と世界の分断という深い現象です。治療はこの断絶を「ゆっくりと橋渡しする」ような、尊重と安全に基づいたアプローチが求められます。
