窃盗癖(クレプトマニア:Kleptomania)は、「欲しいから盗む」わけではなく、強迫的に盗みを繰り返す精神疾患です。本人の意志や倫理感に反して行動が抑えられず、盗んだ後は強い後悔と自己嫌悪に苛まれるという特徴があります。
その人生航路は、「無力感」「見捨てられ不安」「自己肯定感の欠如」など深い内的苦痛を背景にもち、盗みを通じて“感情の穴”を埋めようとする行動依存・感情調整行動として理解されます。
🔷 クレプトマニアの人生航路:7つのステージモデル
◉ 第1段階:承認・愛着の欠如(形成期)
- 幼少期に「十分に愛された」「そのままで価値がある」と感じる体験が乏しい
- 支配的・批判的な親との関係/見捨てられ不安・感情の抑圧
- 努力しても報われない経験を重ね、「私は空っぽ」「何かを手に入れなければ」という欠乏感が形成
👉【心の土壌】「私は無価値」「愛を得るには何かをしなければならない」
◉ 第2段階:孤独・不安と無力感の増大(潜在期)
- 思春期〜青年期に、対人関係の不安/自己評価の低下/不全感が強まる
- 自己肯定感が乏しく、空虚感・退屈・疎外感を抱えながら生きる
- 他者と比べて「自分には何もない」という劣等感
👉【内的感覚】「私は他の人より劣っている」「自分を埋めるものが欲しい」
◉ 第3段階:初回の窃盗と“内的報酬”の獲得(逸脱期)
- 偶発的に万引きを実行 → 強い緊張感 → 成功 → 一時的な安堵・興奮・達成感
- 窃盗は物欲のためではなく、緊張・不安・空虚感の“解消”手段になる
- 行為そのものが「心のすきまを一瞬埋める」麻薬のような報酬へ
👉【心理サイクル】「緊張 → 盗む → 解放感 → 自責 → 再び緊張 → …」
◉ 第4段階:反復と依存化(固定期)
- 窃盗が感情調整・自傷行動の一種として習慣化
- 高価なものではなく、意味のない小物・安物を何度も盗む(典型的)
- 盗む瞬間にしか生きている実感がない/失敗を望む心理(自己破壊的傾向)も
👉【特徴】「いらないのに盗む」「バレたいけど助けて欲しい」
◉ 第5段階:摘発・人生崩壊・自責(露呈期)
- 警察沙汰/店からの通報/仕事の解雇/家族関係の崩壊
- 強烈な自己嫌悪:「自分は犯罪者だ」「何度も繰り返してしまう」
- うつ状態・引きこもり・希死念慮などの精神的二次障害を併発
👉【心の声】「なぜ私はやめられないの?」「もう生きていたくない」
◉ 第6段階:援助との出会いと自己理解の芽生え(洞察期)
- 精神科・依存症治療・カウンセリング・内観療法などとの接点
- 「盗む行為」は単なる“モラルの問題”ではなく、感情の処理困難/空虚感/人とのつながりの欠如と結びついていることを理解
- 行為そのものより、「行為の奥にある感情」を扱うことの大切さに気づく
👉【気づき】「私は、何かを盗むことで、何かを取り戻したかった」
◉ 第7段階:行動・感情・人間関係の再構築(回復期)
- トリガー(孤独/ストレス/無価値感)に対するセルフモニタリング
- 盗まなくても安心・つながり・価値を得られる新しい生き方・対人関係・日常構造の獲得
- 必要なら「語り直し」や「他者への貢献」へとつながる自己再定義
👉【再統合】「私は“盗まない自分”として生きられる」
🔶 クレプトマニアの人生航路チャート(図解)
愛されなかった → 空虚感 → 偶発的窃盗 → 快感・緊張緩和 → 自責・自己嫌悪 → 反復 → 崩壊 → 気づき → 回復
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[愛着不全][無力感・不安][盗む瞬間だけ実感][やめたいのにやめられない][自分が嫌い][人生台無し][それでも助かりたい][自分に優しくなる]
🔷 心理的特徴と背景因子
領域 | 内容 |
---|---|
💠 愛着の問題 | 安心して頼れる他者の不在/「つながり=不安・支配」 |
💠 自己価値の欠如 | 「私は存在する価値がない」「何かで補わなければ」 |
💠 感情調整困難 | 不安・退屈・怒り・寂しさなどを言語化できず、行動で発散 |
💠 完璧主義・自己処罰傾向 | 「失敗したら全否定」「悪い自分は罰せられるべき」 |
💠 発達的特性 | ASDやADHDなどの共存が多く、衝動コントロールの弱さが背景にあることも |
🔷 支援のアプローチ
方法 | 内容 |
---|---|
🧠 認知行動療法(CBT) | 歪んだ自己認知・盗みのトリガー・衝動性に対処 |
💬 感情言語化訓練 | 「盗みたい衝動=感情の置き換え」であることに気づき直す |
📘 内観療法 | 自他の視点を育て、罪悪感ではなく“関係の再構築”に向かう |
👥 グループ療法 | 「自分だけじゃない」体験と、共感的なまなざしの中での再学習 |
🧾 再発予防プログラム | ストレス・人間関係・時間の使い方を構造的に整える |
🔷 終わりに:「盗む」ことは、誰かに気づいてほしかった“心の叫び”
クレプトマニアは、「盗みたい」のではなく、「つながりたい」「感じたい」「生きたい」という感情の表現不全ともいえます。
治療の目的は、「やめさせる」ことではなく、「やめても大丈夫と思える生き方」を再構築することです。
