🧠『ファーザー』の病跡学分析
🎬 作品概要
- タイトル:『ファーザー(The Father)』
- 公開年:2020年
- 主演:アンソニー・ホプキンス(アンソニー役)
- 監督・脚本:フロリアン・ゼレール(自身の戯曲が原作)
- 主題:認知症(おそらくアルツハイマー型)を本人視点で描いた心理的・知覚的体験
🧩 病跡学的分析フレーム
① 精神医学的視点:アンソニーの認知症症状
症状カテゴリ | 描写例 | 解釈 |
---|---|---|
記憶障害 | 娘アンの顔が別人に見える、時間や場所の混乱 | アルツハイマー病のエピソード記憶障害 |
見当識障害 | 現在時刻、人物、場所が入れ替わる | 認知症の中核症状:見当識の喪失 |
妄想・被害念慮 | 介護者が腕時計を盗んだと訴える | 認知症による妄想性障害の一部 |
感情の混乱 | 怒り・泣き崩れ・混乱の反復 | 前頭葉機能障害による感情制御の困難 |
→ **神経変性疾患(おそらくアルツハイマー型認知症)**として非常にリアルに描かれている。
② 映像演出 × 病跡学的読み取り
映像手法 | 病跡学的意味 |
---|---|
同じ空間で家具の配置が変わる | 空間記憶の喪失を映像的に具現化 |
同じ役を別の俳優が演じる(娘役が入れ替わる) | 顔認識障害(失顔症的)または混乱の主観的表現 |
時系列の飛躍 | 時間の感覚の消失(時間順序の障害) |
急に見知らぬ人物が現れる | 誤認・幻覚・妄想的体験のリアリズム描写 |
→ **「記憶と知覚の錯乱状態を主観的に追体験させる構造」**が映画全体を貫く。
③ 病跡学的主題:崩壊する「自我の地図」
- 映画は「自分が誰で、どこにいて、誰と暮らしているのか」という最も根源的なアイデンティティの崩壊過程を描いている。
- 病跡学的には、アンソニーの自我は「記憶と関係性」で支えられていたが、それが崩れることで人格の一貫性も危機にさらされる。
- 最終シーンの「ママに会いたい」は、原始的な愛着欲求への退行を示唆。ここに至って、時間軸・人物・関係性が崩壊し、**幼児的自己への回帰(心理的解離)**が起きている。
🧠 病跡学的に見る『ファーザー』の核心テーマ
テーマ | 病跡学的意義 |
---|---|
自我の脆弱性 | 認知症によって明らかになる「自己とは何か」の根本 |
他者との関係の崩壊 | 対人関係の記憶が失われることで社会的アイデンティティも喪失 |
時間の断絶 | 認知症における「今」の錯覚と「過去」の混濁 |
孤独と愛着 | 最後に残るのは母親への原初的な愛情(愛着理論的視点からも重要) |
🔚 総括:『ファーザー』の病跡学的位置づけ
『ファーザー』は、
- 単なる「認知症患者の物語」ではなく、
- **「自我という構築物がいかにして崩れていくか」**を、
- 主観的体験の映像言語で描いた病跡学的・精神病理学的ドキュメントとも言えます。
