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同一性拡散/解離性同一性症(6B65/ICD-11)
佳奈子28歳は女性ながら文学部博士課程(ドイツ文学)に在籍する才女だった。同学の特徴として男性は数少なく、いわゆる「女性社会」が形成されていた。女子校出身の佳奈子は面倒な女性社会に慣れており、大学時代よりグループから一線離れ、自分の世界を保ってきた。女性との付き合いは慣れている佳奈子であったが、男性との付き合いは「奥手」だった。佳奈子はかなりの「美人」であり、言い寄る男性も少なくなかったが、文学の世界に現れる理想的な男性と現実的な男性とを見比べると、見劣りしてした。交際しても佳奈子の知性や教養と渡り合える同世代の男子はほとんどいなかった。


しかし、28歳にもなり現実の男性を「知らない」ことへ密かな劣等感を覚えていた。そんな時だった。大学からの帰路、夕刻、久し振りに表参道を何気なく歩いていた。佳奈子より一回り上くらいの男性に声をかけられた。雰囲気があった。なんでも佳奈子の美しさに目を引かれ、スカウトしたいとのことだった。内容はファッション雑誌のモデルで、特に技術も練習も要しないとのこと。名刺を渡され、その日は別れた。


後日、ふと財布に入っていた名刺が目に入った。これまで真面目過ぎた人生だった。アルバイトとして少し華やかな世界を覗いて見てもいいかなと思った。そこで、記載されている電話番号へ気軽に電話した。表参道で声かけてきた「大人の男性」が穏やかな声で応答した。渋谷の「事務所」へ都合よい時に来て相談しようとのことだった。佳奈子の希望を伝え、約束の日時に訪問した。事務所は「普通」の事務所で、助手の男性と三人で話し合った。まずはスタジオをレンタルし、出版社と都合も合わせ、撮影する段取りを説明された。


当日、指定された渋谷の住所は「スタジオ」でなく「マンション」の一室だった。おかしいなと思ったけれど、例の男性が穏やかに優しく迎え入れてくれた。用意された高級ブランド服に着替えた。これまで佳奈子が来たことのないような高価な洋服だった。写真撮影がはじまった。いろいろなポーズを取った。「キレイ」「美しい」と言われ続けるうちに佳奈子の心は舞い上がった。


気が付くと、1枚1枚と服を脱いでいた。素肌を露出していた。それも「キレイ」「美しい」と言われるため、躊躇いを失った。気が付くと下着姿になっていた。そこで例の男性とは別の、筋骨たくましい男性が登場した。一瞬ビックリしたが、もう我を忘れていた。別の男性も優しくエスコートしてくれ、佳奈子は全裸となり、性交渉に至った。しかし、全て録画され、商品として販売されることになった。佳奈子にはまとまった金額が手渡され、戸惑ったが、どこでどのように販売されているのか分からなかった。


それからは下り坂を転げ堕ちるようだった。佳奈子は毎回、誉めて優しくしてくれる男性に囲まれ、お姫様の気分に至りつつ、撮影も繰り返された。背徳感を覚えつつ、心身の快楽に溺れ、理性の歯止めは利かなかった。金銭の報酬も伴い、気づくと10本以上の撮影をされていた。このままではいけないと思い、止めようと思った矢先だった。学部生の男子一人から「先生、ビデオ出演されていません?」と尋ねられた。動悸・呼吸困難を覚えながら「えっ、何のこと?」と答えるのが精一杯だった。それ以降、撮影は辞退、男子学生と接触しないよう、毎日、薄氷を踏むような心境である。

同一性拡散/解離性同一性症
「同一性拡散」とは、個人が新たな「同一性(identity)」を構成上「自分が何者であるか分からない」状態へ、一時的に陥ること。社会生活において、集団への帰属意識や自己の役割を自覚できない場合や、時間的に自己が連続して一貫している感覚を得られない場合に起こる。

「解離性同一性症」とは、かつて「多重人格障害」とも呼ばれた疾患。幼少期や思春期の「心的外傷」により、個人の中に別人格が複数生じること。

「解離」とは、注意・集中・記憶などの認知機能が一時的に不能となる症状。軽症では、何かに過集中して、周囲の出来事に気づかない程度。中等症・重症になると、「心的外傷」や「心の痛み」を回避するため、感覚や記憶などが一時的に失われる。なお「自傷行為」は、「体の痛み」を覚えることにより、より強い「心の痛み」をまぎらわせることができるため行われるとのことである。

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