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恋愛妄想


誠(まこと)42歳は「真面目」だけが取り柄の会社員、これと言った資格も技術もなく、目立つことなく、非管理職として現在に至る。同期は本社・係長・課長、支社・部長など栄転した。誠は、内心、羨ましいと思いつつも、自分には務まらないだろうという、「漠然とした不安あり、強い向上心を抱くことなく、日々の仕事を淡々とこなしていた。


仕事はこの通り、真面目に尽き、遅刻・早退・欠勤なく、漏れなく全てこなした。出世する同期と異なるのは、新規業務を希望したり、成果を誇示したりしないため、日常業務は「庶務」であり、いわば社内の「便利屋」として、他の社員が避ける面倒な仕事を押し付けられることも少なくなかった。


私生活は、彼女いない歴42年、女性と全く縁がなかった。誠は中肉中背、外見はごく普通、年齢相応の男性である。昭和の頃ならば、血縁・地縁・社縁などから、誠のような奥手の人物へ、周囲が縁談を持ちかけた。しかし「縁」の崩れた「無縁社会」の平成・令和において、誠のような奥手の男性は置いていかれた。


誠は三兄弟の次男、中間子として、常に兄弟と比較され、劣等感を覚えることも少なくなかった。家庭に女性は母親一人のみ。母親の愛情は無意識のうち、どうしても第一子と第三子へ向いていた。それも、誠の「寄る辺ない不安や孤独」の源泉になっているかもしれない。


転帰が訪れたのは突然だった。人事異動により、誠の隣へ、莉華(りか)28歳が座るようになった。莉華は新入社員のような初々しさと名前のような華やかさがあった。普段、若い女性と縁のない誠にはまぶしかった。莉華は無邪気に隣の誠へ分からないこと次々と質問した、システムの運用方法、会社の内情、近所のレストラン・コンビニなど、先輩の誠へ友だち感覚で気軽に話しかけた。


はじめは面食らったが、真面目な誠は莉華の質問へ一つ一つ丁寧に答えた。時には参考のURLや資料なども渡しつつ解説した。それは誠にとって通常業務と同じだった。例外は、莉華が誠にとって、あまりに若く美しく華やかで隣の席に座っていたことである。しかし、莉華は誠を「隣の席に座る親切なおじさん」としか見ていなかった。華やかな莉華は異動初日から部内のアイドルとしても人気を博し、先輩女性さえも、莉華の無邪気な性格から嫉妬することはなかった。


莉華の異動から1-2ヶ月経過した頃からだろうか。誠は、自分を「便利屋」としてしか利用していない莉華が気になって仕方なくなった。さらに利用されているにもかかわらず「彼女は自分を好きなのかもしれない」と思うようにもなった。一人冷静になると「そんな訳がない、あれほど若くて美しい女性が、自分のような貧相な中年男を相手にするはずない」と自ら言い聞かせた。そのように考えもがくほど、訳が分からなくなった。悩み苦しみ、誠は眠れなくなり、入社初めて欠勤した。


「恋の病」だった。上司へ体調不良と伝えつつ、欠勤は1週間を超えた。それでも眠れない日々が続き、食事も咽喉を通らなくなった。内科では異常なく、精神科を勧められた。真面目な誠は赤面しつつ「恥ずかしながら」と全てを吐露した。医師は「恋愛妄想」正確にはその手前「恋愛念慮」という状態ですねと診断、その発症メカニズムなどを誠と同じように丁寧に説明してくれた。そして、しばらく休職療養および莉華は「恋の免疫」ない誠には刺激が強過ぎたようだから、病状改善後、隣の席で働けるか、検討しましょうかという結果になった…



恋愛妄想
「相手から愛されている」という被愛の妄想形態のため、正式には「被愛妄想」と呼ぶべきかもしれない。本人の願望を充足する内容であり、誇大的な内容を含みつつ、その一方「相手から追われる」「周囲から妨害される」などの被害的な内容を含む時もある。いずれの内容においても、このような「熱情」がいわば「扇の要」となり、嫉妬妄想、復権妄想、心気妄想などへ発展することもある。



無力妄想
なお、本症例は上記の通り「妄想」と診断するほど、強固な観念ではなく「念慮」という、まだ訂正可能な病態水準である。さらに、病前性格も「不安や孤独」を前景とした「弱力性」「無力性」が相当する。

「無力妄想」とは濱田秀伯の提唱した概念であり、「不安と疑惑の間を揺れ動き、自己を卑下し、ひきこもりがちになる、軽い非体系妄想、微小妄想が主体であるが、被害妄想を呈する時もある」。

多くは10代後半から「自我障害」(自我同一性の拡散、低い自己評価、離人症、二重自我など)にて生じ、何かが足りず、自分の価値を感じられないという「無力感」と将来の展望が抱けない「閉塞感」をを覚える。そして、何をしても上手くいかないのではないかという予期不安、周囲からの見捨てられ不安、対人恐怖、抑うつ気分、空虚感など様々な症状を呈する。かつての「境界例」、昨今の「境界性パーソナリティ」とやむを得ず診断されている10代から20代、時に30代まで至る、単一診断に確定しがたい症例の多くが、神経精神発達の観点からも、この概念に相当すると考える。

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