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小説

「攻める」か「守る」か


機能不全家族・アダルトチルドレン

明美32歳は女性・若手・有能な弁護士である。国内最高峰と言われる法科大学院修了、Big Fiveと称される法律事務所へ就職、迅速・正確に遂行する仕事振りは、上司・同期の誰もが認めるところだった。


しかし、彼女自身は内心、不全感・違和感を覚えていた。そもそも、弁護士という仕事は自分の天職なのか、この先ずっと続けていくべきなのか。と言うのも、この職業選択は彼女自身の意志によるものではなかった。彼女の父親が若き日に司法浪人の末、挫折、司法書士として事務所を構えたものの、弁護士への劣等感は拭えなかった。そして、夜な夜なアルコールに溺れ、妻や子ども等に当たった。俗にいう「酒乱」であり、精神医学でいう「アルコール依存・病的酩酊」である。


明美は第二子次女で、まだ幼かったため、父の「酒害」の直接被害には遭わなかった。しかし、被害に遭っていた母や姉の姿は記憶に残っており、幼い心に何とかしたいという思いはあった。幼少期から成績優秀・優等生だった明美は、父の機嫌が良くなることが家庭が平和になるだろうと信じ、父が酔っては嘆いていた弁護士への夢を、自分が叶えようと必死に勉強した。その結果、最速・最高の水準で司法試験に合格し、現在の職務に就いたのである。


順調に出世街道を走っていた明美の心身に変調をきたしたのは34歳秋だった。上司は有能な明美に同僚の倍以上の業務を任せた。責任感の強い明美は睡眠時間を削り、寝ても覚めても業務に没頭した。ある日、突然、頭痛・めまい・吐気に襲われ、立っていられなくなった。これは脳血管障害かと思い、救急車を呼んだ。しかし、頭部CTはじめ、諸検査では身体の異常は皆無だった。救急医と短時間ながら、最近の仕事や生活などを話したところ、働きすぎ、心因性でしょうと言われた。そして、精神科を受診すること勧められた。「私が精神科?」と耳を疑った。


生真面目な性格な明美は、気を取り直し、「身体に異常ないのだから仕方ない、精神に何かあるのだろう、話だけでもしてみよう」と有給を取り、受診した。精神科医と話しを重ねていくと、現在の働き方に無理のあることもさることながら、これまでの生き方にも無理のあったこと、さらに「生い立ち」「家族歴・生活歴」などにも「精神病理」のあることが少しずつ紐解かれた。


「機能不全家族」という概念を紹介された。これは「家族が本来果たすべき役割を果たせず、ストレスが日常的に存在している家族状態のこと。家族団欒、語り合い、お互い支え合うという『家族としての機能』を欠いている状態。
機能不全家族では様々な問題が生じる。たとえば、虐待や育児放棄、家庭内の共依存や家族間不和など」。


そして、そのような家族で育った子どもを「アダルト・チルドレン Adult Children. AC」と呼び、「子どもの頃、親や養育者との関係の中でトラウマ・心的外傷を負ったまま大人になった方々のこと。虐待やネグレクト、家族間不仲、感情抑圧などによる『機能不全家族』で育ったことにより、健全な成長過程を経られず、成人してからも『生きづらさ』や『心に傷』を抱えている。なお『機能不全家族』も『アダルトチルドレン』も、精神医学用語ではなく、『生きづらさ』に焦点を当てている用語」とのことだった。


約30年間の悩み苦しみが氷解する想いだった。明美は家族の不幸を何とかしたいと考え努力してきた。確かに、資格を取得し、父は喜んだ。それは束の間のことだった。それで父と母の仲は修復されることはなかった。そして、弁護士という仕事自体も、果たして自分に向いているのか疑問を覚えた。弁護士とは相手方へ「攻め」「戦う」仕事である。明美は本来、争いごとを好まず、心穏やかな人生を望んでいた。けれども、父の期待に沿い、法曹界へ入った。


考え、悩んだ末、決断した。「私は『責めたり』『戦ったり』するために働きたくない、それより、自分のように、傷つき、生きづらさを覚えている方々を『守ったり』『助けたり』ために働いきたい」。そこで、いまからでも取得できる資格および職業として「臨床心理士・公認心理師」を目標に置いた。それを聞いた家族・上司・同僚・友人、皆から反対された。最高峰とも言われる地位や収入を得ながら、なぜ手放すのかと。はじめは一人ひとり説明していたが、面倒になってしまった。私の人生は私が決める。「攻め」「戦い」地位や収入を得るのではなく、傷つき生きづらさを覚えている方々を「守り」「助ける」ことに「働きがい」「生きがい」を覚える仕事に今後の人生を投じたいと心に誓うのだった…

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